鷹斗は顔を上げて、男性の方を向く。孝彦と思われるその男性は、鷹斗を見て驚きの声を上げた。
「あなたは……、もしかして先日のコンクールで優勝した盲目のバイトリニストの……」
「そうです。西条鷹斗と申します」
鷹斗は孝彦に向かってお辞儀をした。
「今日は多恵子の十三回忌なんです」
「そうだったんですか……」
隅田川のほとりに二人で座り、孝彦は鷹斗に語り始めた。
「十二年前の今日、多恵子はこの場所で身を投げたんです。一通の手紙を残して」
「…………」
きっと多恵子さんはこの場所でずっと孝彦のことを待っていたのだと鷹斗は思う。
「多恵子は何か言っていましたか?」
「あなたの姿を見れて心残りが消えたと」
「そうですか……」
孝彦は少し考えた後、遠慮がちに口を開いた。
「世界的なバイオリニストにお願いをするのは大変恐縮なのですが……」
孝彦は鷹斗を見る。
「先ほどの曲をもう一度弾いていただけないでしょうか?」
「ええ、喜んで」
そして鷹斗は、静かに『精霊流し』を弾き始めた。
リライト企画!(お試し版):紅月セイルさん「
孤高のバイオリニスト」のリライト作品
セコメントをする