夏にあらわる少女
2021-08-25


風香が学園祭の準備にあわせて『夏にあらわる少女』を放課後の教室で流してた時、サビのフレーズに合わせて口ずさんでる子がいたっけ。
 その声にそっくりだ。
 ヤマモさんの曲を流すという風香の行為にもびっくりしたけど、まさか歌い始める人が出現するなんて予想外で二度びっくりした。だから彼女の歌声を覚えていたんだ。名前も確か南田朱莉だったと思う。あまりしゃべったことはないけど。
「ならば、行動あるのみね」
 ホムラの正体が南田朱莉であることを確信した私は、早速行動に移すことにした。

「ねえ、菜摘。ちょっとお願いがあるんだけど、お昼は一緒に中庭で食べない?」
 翌日、私は一人のクラスメートを昼休みに誘う。
 彼女の名前は大津菜摘。中学から一緒の親友だ。
「どうしたの、瑞希? 教室じゃ話せないこと?」
 神妙を装う私の表情から事情を察してくれる菜摘。さすがは我が友。
「うん。まあ、ちょっとね……」
「なんか訳アリみたいね。分かったわ」
 こうして昼休みになると、私は中庭で彼女に悩みを打ち明けた。
「実はね、話したいことってヤマモさんのことなんだ」
 菜摘はただのクラスメートじゃない。だって彼女は――
「えっ? 相談って兄貴のことなの?」
 ヤマモさんの実の妹なんだから。

 中学校入学に合わせて隣の県から引っ越してきた私に、最初に声を掛けてくれたのが菜摘だった。
 ほら、中学校って小学校からの同窓生が沢山いるから、クラスで孤独を味わうことってあまりないじゃない? 普通は。
 だけど私は一人ぼっち。小学生の同窓生は誰もいない。
 だから菜摘が声を掛けてくれた時は、本当に嬉しかった。そして二人はすぐに仲良くなり、何でも話せる間柄になる。
「実はね、三年生に兄貴がいるの」
 菜摘にお兄さんがいることも、すぐに教えてもらった。
 私は一人っ子だったから、とてもうらやましく感じたのを覚えている。
「兄貴のやつ、高校に行ったら急にギター弾き始めちゃってさ」
 中二になっても同じクラスだったから、ヤマモさんが歌い始めたこともリアルタイムで聞いていたんだ。
「自分で作った曲をネットに投稿してんの。将来はこれでメシを食うんだって、笑っちゃうよね」
 でも、それってすごいじゃない?
 だって自分で曲を作って、それをギターで歌って動画サイトに投稿してるんだよ。
 興味を持った私は、菜摘にチャンネル名を教えてもらったんだ。
 ――ヤマモチャンネル。
 しかし中学生の私には、それを視聴する手段がなかった。
 私は知恵を絞り、母にお願いして父のタブレットを借りる。宿題の調べものに使うからと嘘ついて。
 部屋に籠り、慣れないタブレットを必死に操作する。あの時はすごくドキドキしたなぁ。やっとのことでチャンネルにたどり着くと、投稿されているのは一曲だけだった。タイトルは『夏にあらわる少女』。
 なんか今っぽくないなぁと思ったんだけど、動画を再生してみてビビビって来たんだ。
「この声、なんかいい……」
 これって一目惚れ、いや一耳惚れ?
 この時、私は心に誓う。
 ――私がファン一号になってあげる。
 コメントを投稿するのは、恥ずかしくてできなかったけど。
 それからは、ヤマモチャンネルを視聴するが私の楽しみになったんだ。
 月に一曲くらいという投稿のペースも、私には有り難かった。だって親から毎日のようにタブレットを借りることは不可能だったから。
 高校受験の時は、菜摘に「一緒に勉強しよう」と持ちかけて彼女の家にお邪魔したことも何回かあった。もちろん勉強が主目的だが、ヤマモさんの声を聴きたいという下心もあった。でもその時にはっきりと認識したんだ。普段の声と歌声は全く別物なんだって。私が好きなのはヤマモさんの歌声なのだ――と。

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