五回の代償
2008-06-09


「五回?」
雄介は授業中ずっと考えていた。
京香が数学の教科書に書いていた回数を。
俺って五回も居眠りしてたっけ?

一つ前の時間は数学だった。
サイン、コサイン、タンジェント…
三角比の呪文が心の中にも梅雨の曇天をもたらす。
飛行船に乗ればふわふわとあの雲の上に行けるのに。
そんな本日二回目のフライトは、管制官の声で突然中止になった。
立たされながらチラリと京香を見ると、正の字を完成させている。

「おい、京香達のグループ、今度は何の賭けしてる?」
ホームルームが終わると後の席の留美に訊ねる。中学校からの腐れ縁だ。
「知らないわよ、そんなこと」
留美アンテナには、まだ何も捉えられていないようだ。
一ヶ月前、俺の居眠り回数の賭けを教えてくれたのも留美だった。
「京香のやつ、数学の教科書に正って書いてたんだぜ。まだ二回だったのに」
「正の字で計算してたんじゃないの?」
「優等生がそんなことするかよ。真面目に答えろよ」
「そんなに気になるなら自分で聞けばいいじゃない」
「ゴメン謝る。なあ、頼みがあるんだけど…」
「なによ」
「数学の時間、俺が何を五回やってるか見ててほしいんだ」
嫌がる留美をアイスを驕ることでなんとか説き伏せた。

一週間後の調査結果。
「そうね、居眠りが平均二回、肩のフケが三個、鉛筆で耳かっぽじるのが四回」
「お前、何見てんだよ」
「細かく調査しろって言ったの、あんたじゃない」
ふて腐れる留美を横目に考える。
やはり居眠りではなかったんだ。では五回とは?
「一つだけ…」
「えっ?」
「一つだけあった…、五回」
「本当か、それは?」
「あんたが京香を見てた回数」
留美は目をそらして京香の机の方を向く。
主の居ない放課後の窓際の席は、キラキラと梅雨間の夕日を反射させていた。
俺が京香を見た回数だって?
そんなこと京香が数えているはずないじゃないか。
だってそうなら目が合うだろ。
「なあ…」
振り返るといつも微笑んでくれた留美の姿は、もうなかった。


文章塾という踊り場♪ 第25回「数字の『5』、あるいは[go]という音にまつわるもの」投稿作品
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