遙、十七歳
2010-06-12


『aikoさんの紅白歌合戦への初出場が決まりました』
 病院の待合室でテレビのニュースていると、診察室から遙が戻ってきた。
「お待たせ。おめでただって」
「そうか、良かった」
 十七歳の俺と遙の間に子供ができた。十八歳で俺は父親になる。
「きっと男の子よ」
 自信たっぷりに遙は言う。俺も男の子がほしいと思っていた。
「わかるのか?」
「ええ」
「コイツは俺達と違って二十一世紀生まれだな」
 俺が遙のお腹をさすると、遙も幸せそうに目を細める。
「そうね、私達は生まれた世紀が違っちゃうのね」
 二十世紀の最後の年は、あと一ヶ月を残すだけになった。

 四月から始まった朝の連続テレビ小説『おしん』が人気になるにつれて、遙のお腹は順調に大きくなっていった。
 そして八月。俺の誕生日と同じ日に、遙は元気な赤ちゃんを生んだ。
 遙の予言どおり、俺にそっくりの男の子だった。

「十一月に『大怪獣ガメラ』という特撮映画が上映されるらしいよ」
 生まれて二ヶ月になる息子を抱きながら、俺は街に貼られたポスターを指差す。この子には、この巨大カメのように猛々しく丈夫に育ってほしい。しかし遙は悲しい顔でポスターを見つめていた。
「映画が上映される頃には私は居ないから……」
 俺には遙が何を言っているのか分からなかった。乳飲み子を残して居なくなる母親がいるだろうか。
 しかし十月の終わりになると、遙は本当に居なくなってしまった。



「ねえ、パパ。ママはどこにいるの?」
 遙が失踪してからちょうど十一年。二十九歳になった俺は、十一歳の息子を連れて今日も遙を探している。
「必ずパパがママを見つけてみせるよ」
 息子にそう言い聞かせながら、俺は遙が失踪する直前に打ち明けてくれた話を思い出していた。

「ありがとう。この一年間、とても楽しかった。あなたには本当に感謝している」
「『楽しかった』ってどういうことだ? お前は何処かに行ってしまうのか、この子を置いて」
「とても悲しいことだけど。そうね、そうなってしまうわね」
「だったら行くなよ」
「ダメ。私は行かなくてはならない。だって私は、もうあなたしか愛せないんだから……」
 遙が何を言っているのか分からなかった。理解するまで俺は一歩も引かないつもりだった。観念した遙は、ゆっくりと真相を話し始めた。
「驚かないで聞いて。実はね、私は決して年をとらない不死身の人間なの」
 信じられなかった。遙は永遠に十七歳の月日を過ごしていると言うのだ。
「死ねないって辛いのよ。人を好きになっても、その人は先に老いて死んでいく。いつも残されるのは私だけ。最初はそれに耐えられなかった。でも人間って因果なものね。いくら悲しい想いをしても、時が経つとまた違う人を好きになってしまう。そんな繰り返しの中で、私はあなたの祖先と出会い、情熱的な恋に落ちた」
 永遠の命がほしいという話はよく聞くが、実際に手に入れるとそんな苦難があるとは思わなかった。いくら情熱的な恋をしてもそれは一時的なもので、命が永遠だろうが限りあるものだろうが関係ない。
「もうこの人しか愛したくないし、愛せない。直感的にそう悟った私は、ある計画を実行することにした。その人の子供を生んだ後、十七年間姿を消したの。そして私は、十七歳に戻ったあの人を見つけた。運命に導かれるように、二人はまた情熱的な恋に落ちたの」
 違う。違うよ、遙。その人は十七歳に戻ったんじゃない。息子がただ大きくなっただけだ。
「その最初の人はどうしたんだ? お前のことをずっと探したんじゃないのか?」
「さあね。父親には会わないようにしてたから知らないわ。だって年老いた男の人には興味無いもの。でもね、これを何回か繰り返しているうちに、『父親は三十歳くらいで死んだ』と聞くようになったわ。きっと近親交配を繰り返しているうちに、短命になってしまったのね」

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