くらげ殺人事件
2011-09-11


天気の良い昼下がり。目の前には青い空と青い海が広がっていた。
 いつもと変わらない風景。何も起こらない平和な港町。
 それをぼおっと眺めながらまったりしていた俺の視線の隅に、見慣れない一艘の白い船が現れた。
「何だ、あの船?」
 定期船が到着する時間ではない。かといって、貨物船にしては船体が綺麗すぎる。
 俺は船体に書かれている文字を見ようと、派出所の外に出る。
「く・ら・げ……?」
 船の側面には、ひらがなで確かにそうペイントされていた。
 不思議に思った俺は派出所に戻り、パソコンで『くらげ』を検索してみる。
「何? エチゼンクラゲ観測調査船だって?」
 画面に映し出されたネットの情報によると、なんでもエチゼンクラゲの生態を調査するために造られた船らしい。大量発生するエチゼンクラゲを捕獲し、それに含まれる炭素の量を測定してCO2排出権の取引に用いたり、さらにはバイオ燃料としての活用を研究しているのだという。
 へえ、そんな船があるんだ、と俺が感心していると、突然机の電話が鳴り響いた。
「はい、こちらは港町派出所。どうかしましたか?」
「ひ、人が、し、死んでいるんです。早く来て下さい」
「どうか落ち着いて下さい。場所はどこですか?」
「観測船『くらげ』の中です」
 俺は受話器を持ったまま、正に接岸せんとする白い船に目を向けた。

「おまわりさん、こちらです」
 調査観測船くらげに到着した俺は、早速船内に案内された。
 階段を三階分くらい降りた場所にある小さな船室の中に、一人の男性がうつ伏せに倒れている。
「脈なし。息もしていない……」
 確認したところ、確かにこの男性は死亡しているようだ。唇も紫色に変色している。
 それよりも驚くべきは、男性の頭上には血だまりがあり、その血を使って文字が書かれていたことだった。

『……神がかっていた』

 床のその文字は、息絶える前に男性が指で書いたものらしい。男性の右手の指先には血が付いており、最後の『た』の文字のところで指は止まっていた。
「ダイイングメッセージか……」
 最初の『神』の前にも文字が書かれていた形跡があるが、血だまりが広がってしまっていて読むことができない。
 さっぱり意味が分からず途方に暮れた俺は、刑事が到着するまでの時間に乗組員から情報を集めることにした。

 死亡していたのは、大神一郎。三十八歳。調査観測船くらげで働く唯一の研究員だった。
 そして船室には五人の乗組員が集まった。名前は、八神二郎、石神三郎、神宮寺四郎、森神五郎、野神六郎という。
「この血痕を見て気付いたことがあったら教えてほしい」
 俺が五人に質問すると、互いに顔を見合わせてからうつむき、黙り込んでしまった。
 事件には関わりたくないという雰囲気が、それぞれの表情に浮かび上がっている。
「どんな些細なことでもいい。知っていることがあったらなんでも話してくれ。頼む」
 警察官の分際で刑事まがいのことをするのはどうかと思ったが、現場に一番乗りできることはもう二度とないだろう。俺はこのチャンスをものにしたかった。
「もしかして……」
 俺の情熱が伝わったのか、最初に沈黙を破ったのは一番若そうに見える八神だった。
「そこに書いてある『神がかっていた』って、石神さんが買ったアレのことなんじゃないスか……」
 すると名指しされた石神が八神に食ってかかる。
「おいおい、物騒な事言うんじゃねえよ。俺は何もやってねえぞ」
「だってあんた、アレを散々自慢してたじゃねえかよ」
「ちょ、ちょ、ちょっと待った。喧嘩は止めてくれ。ところで、アレって何なんだ?」
 俺は飛びかかろうとする石神を押さえながら八神に質問する。
「コンバットナイフっスよ。通販で買ったとかいう石神さん自慢のナイフで、大神さんを指したんスよ、きっと」
 すると、横の方から低めの渋い声がする。

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