2015-04-07
下校時の暗い街道が嫌いだった。
――山中街道(やまなかかいどう)
僕の町ではそう呼ばれている江戸時代から続く古い道。ぽつりぽつりと二十メートルおきに並んだ街灯の白熱電球が、ぼんやりと古い町並みを照らしている。時代を重ねて黒ずんだ柱の支える瓦屋根の木造住宅、そして復元された石畳。
自分の住む、そんな昔ながらの宿場町の夜が嫌いだった。
――町並みがあるのに暗いってのが許せないんだよ。いっそのこと、すべての白熱電球をLEDに替えて煌々と照らしちゃえばいいのに!
そんなことを言っても、「風情が無くなるから」と一介の高校生である僕の声はかき消されてしまうだろう。
だから僕は黙々と歩く。
この古ぼけた暗い夜道を。
でも最近、僕はこの夜道を勉強に利用することを思いついた。
明るい街灯の下で問題を見て、暗い街灯間で考える。
それもこれも、一ヶ月ほど前の出来事がきっかけだった。
「ねえ新治、そろそろ受験勉強、始めない?」
一人のクラスメートが僕に提案する。
高校二年生の僕達も、一年後はついに受験を迎える。そろそろ勉強を始めよう思っているうちに、きっかけを掴めないままずるずると月日を過ごしていた。
「あ、ああ。別にいいけど……」
ちょうどいい機会だ。と思ってみたものの、受験勉強という言葉の重みに僕はたじろいだ。そんな僕の生返事を受けて、クラスメートはあるものを持ってきた。
「はい、これが今週の単語帳」
強制参加というわけだ。しかも自作。
さらに、単語帳はめくっても表側しか文字が書かれていなかった。裏側は僕が答えを記入して、金曜日に返却しろというのだ。
毎週月曜日に届けられる単語帳の中身は、最初は英熟語だった。次は数学の公式。歴史の年号だったこともある。
だんだんと変わっていく内容に、いつしか僕は、下校時の街灯で単語帳を開くのが楽しみになっていた――
☆
「さて、今週は何だろう?」
旧街道に差し掛かると、最初の街灯の下で僕は単語帳を開く。
期待を込めて視線を落とした一枚目には、マジックの丸っこい文字でこう書かれていた。
『一夜一夜に人見頃』
どっかで聞いた事があるぞ?
なんてボケてたら受験は受からない。
ていうかあいつ、僕のことバカにしてるだろ。これって中学校の数学じゃないか。
答えは、数字の一・四一四二一三五六(ひとよひとよにひとみごろ)。二の平方根を覚えるための語呂合わせだ。
「いやいや、もうちょっと受験に役立つ問題にしてくれよ……」
いきなりやることが無くなった僕は、宙を見上げながら次の街灯を目指して歩く。
目に入るのは、街道沿いの旧家の屋根瓦。その上に広がる高く澄んだ二月の夜空には、チラチラとおうし座のスバルが瞬いていた。
「寒っ!」
こんなにも夜空が澄んでいるのだから冷えるのは当たり前だ。僕は急いで次の街灯に向かい、白熱電灯の光の下で単語帳をめくる。
『イチゴパンツの大事件』
なんだ、こりゃ!?
これって受験に役立つことなのかよ?
僕は困惑した。だって書かれている言葉の意味が、ぱっと見た目に分からなかったから。
「待てよ。さっきよりも難しくなったのは明らかなんだから、ちょっと頑張ってみよう……」
僕は気を取り直し、イチゴパンツの意味を考えながら歩き出す。タイムリミットである次の街灯はまだ遠い。
「さっきは語呂合わせだったから、今回も語呂合わせじゃないのか?」
これまで渡された単語帳には、それぞれテーマが設定されていた。今回もテーマがあるとすると、最初の問題から判断して『語呂合わせ』の可能性が高い。
「イチゴパンツ。これが数字の語呂合わせだとすると……」
カチカチと僕の頭の中でイチゴパンツが数字に変換されていく。
「多分イチゴは、一(イチ)、五(ゴ)だな。じゃあ、パンツは何だ?」
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