ダイニングメッセージ
2015-12-03


「そうです、このメッセージには『豊色のあ』という先輩の名前が隠されていたんです! 『の』と『あ』が平仮名だったのは、そういう理由だったんですよ」
 矢で心臓を射抜かれたように目を丸くする先輩に、俺は「指差してゴメン」と小さく心の中で謝る。
 すると、すかさず久巴がツッコミを入れてきた。
「それじゃあ、後に続く『る人』って何だよ?」
「チッチッチ、ダメですよ、久巴さん。『ルヒト』って読んじゃ」
 指を振りながら、俺は反撃を開始する。
「これはですね、『ルニン』と読むんです。ええ、その響きの通り『流人』です。これにはちゃんと理由がありますよね、のあ先輩?」
 俺が視線を向けると、先輩はビクリとしながら苦笑いでその場を誤魔化そうとする。
「あははははは。なんだ、歩人くん、知ってたの?」
「知ってましたとも。のあ先輩のことですから」
 猫のように頭をカキカキする先輩は本当に可愛いなと、俺の視線は思わずその姿に釘付けになった。
「なんだよ、歩人。俺にもちゃんと教えてくれよ」
 懇願するような目つきの久巴がいじらしくなったので、俺はゴホンと一つ咳払いをしてから、おもむろに説明を始める。
「先輩は今、流人なんです。一人、職員室に流されて全力で刑期を全う中の」
 実態はこうだ。
 センター試験を二ヶ月後に控えた先輩は、あまりにも成績が振るわないため、職員室の片隅で個別指導を受けているのだ。偶然それを見つけてしまった時に見せてくれた、ペロッと小さく舌を出しながらの照れ笑いがこれまた可愛かったことを、俺ははっきりと覚えている。
「ふうん、先輩の名前がこのメッセージに隠されている、か……。歩人は先輩にのぼせているだけなんじゃないのか?」
 まだ納得できていないのか、久巴はブツブツと呟きながら再びメッセージを観察し始めた。
 ふん、俺に論破されたのがそんなに悔しいのか?
「なんだよ。文句があるんだったら、久巴もちゃんとした推理をしてみろよ」
 その時だった。
 久巴が急に、雄叫びを上げたのは。
「おおおおおおお、ついに見つけたぞ。このメッセージに隠された真実を!」
 そして彼は、興奮しながらメッセージの『艶』の文字を指差した。
「二人とも、見てみろよ。この文字は『艶』のようであって、実は『艶』ではなかったのだ!」
 まさかと思いながら、のあ先輩と俺はメッセージに近寄って久巴が指差す場所を見る。
 すると、『艶』の字の右上の『ク』になっているべき場所が、『久』になっていた。
「『艶』と見せかけて、実は違う文字だった。その真相は……」
 久巴は信じられないという顔で推理を展開する。
 俺達はゴクリと唾を飲んだ。
「この文字を四つに分解すると、『曲』、『豆』、『久』、『巴』になる。つまり俺の名前だったのだ!!」
 その時、俺達をあざ笑うかのように、キンコーンカンコーンと昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
「と、今日の推理合戦はここまでだ」
「じゃあね、歩人くん」
 手を振りながら、のあ先輩と久巴が部室を後にした。
 一人残された俺は、弁当のご飯の上に海苔で描かれた文字をまじまじと見つめていた。
 なんだよ、結局、昼休みに弁当食べれなかったじゃねえか。しかも、字が間違ってるし。きっと家に帰ったら母ちゃん、「『艶』まで頑張ったんだよ!」ってドヤ顔で自慢するんだろうな……。



共幻文庫 短編小説コンテスト 第9回「艶のある人」投稿作品

戻る
[投稿作品]
[競作作品]
[共幻文庫短編小説コンテスト]

コメント(全0件)
コメントをする


記事を書く
powered by ASAHIネット