ダイニングメッセージ
2015-12-03


津木高校ミステリー部の部室では、恒例になっている昼休みの推理合戦が始まっていた。
 ――艶のある人
 今回明らかになったダイニングメッセージには、そう描かれていたのだ。
「これは歩人、ズバリお前のことだろ?」
 そう言いながら自信満々に俺のことを指差すのは、部内一の論理派、曲豆久巴(まがりまめ きゅうは)。
 江戸時代の和算家、栗田久巴から名をもらったと豪語するだけあって、数学の成績は校内でもトップクラス。二年生ながらに我がミステリー部を牽引する頼もしい部長様だ。
「お前の名前は、艶野歩人(えんの あると)。『野』と『歩』を平仮名にするだけで、完全にお前の名前と一致するではないか!」
 うぬぬぬ……。
 指を差されて名指しされるのは気持ちの良いものではないが、確かに久巴の言う通りだ。
 俺の名前の『野』と『歩』を平仮名にすると、『艶のある人』になる。まさかこんな風に名指しされると思っていなかった俺は、久巴の頭の回転の良さに舌を巻くと共に、メッセージを見た瞬間にツヤツヤした奴を探そうとした自分が無性に恥ずかしくなった。
 しかし、勝ち誇ったように鼻を高くする久巴を、猫を撫でるような可愛らしい声が制する。
「そんなんじゃダメだよ〜、久巴くん」
 豊色のあ(ほうしょく のあ)先輩。
 我がミステリー部の紅一点だ。
「なんで『野』と『歩』が平仮名なのか、その理由まで解かないと推理って言わないんだよ〜」
「そ、それは……えと、その……」
 一瞬声を詰まらせた久巴だったが、言葉を繋ぎながら必死に解を探している。
 一方、のあ先輩は、いたずら好きな猫のような瞳で久巴のことを観察していた。その仕草の可愛らしさに、さすがの久巴もたじたじだ。ほんのりと頬を赤く染めながら、脂汗をタラタラと流している。
「こ、このメッセージをすべて漢字で描くのは、た、大変だったから……とか?」
「へえ〜。それなら何で、一番画数の多い『艶』が漢字なのかな?」
「えと、そ、それは……」
 久巴の負けだった。
 確かに、のあ先輩の言う通りだ。『野』と『歩』を平仮名にするくらいなら、まずは『艶』を平仮名にするはずじゃないか。
 すると、のあ先輩はチョークを手にすると、部室の黒板に何やら文字を書き始めた。

『ツヤ・ノ・アル・ヒト』
『エン・ノ・アル・ト』

「これが私の答えよ」
 自信満々に言い放つのあ先輩の瞳は、獲物を見つけた猫のようにキラリと輝く。
「久巴くんは、『艶のある人』は『エンノアルト』であると推理したよね。この二つの文字列をこうやって書き比べてみると、共通する言葉が見つかるの。それは、『ノ』と『アル』。つまりね、『ノ』と『アル』が平仮名であるのは、そのことを示すメッセージなのよ」
 おおお、さすが、のあ先輩。何が言いたいのか、さっぱりわからない。
 ――でも待てよ。
 その時、俺はあることに気がついた。
 『ノ』と『アル』が平仮名であることに意味があるという先輩の指摘は、まんざら間違っているとは思えない。
「のあ先輩。さっき『艶』が一番画数が多いと言いましたよね。もしかしたら、その認識が間違っているんじゃないでしょうか……」
 ふふふ、と笑みを作りながら俺は先輩を見る。
 その様は、先輩にとってさぞかし不気味だったに違いない。先輩は動揺しながら、画数を確認しようと肉球に、じゃなかった掌に必死に文字を書き始めた。
「ズバリですね、この『艶』は『艶』じゃないんですよ」
「『艶』が『艶』じゃない……って?」
「そうです。こう考えてみてはいかがですか? これは『豊』と『色』の組み合わせであると」
 はっと先輩が顔色を変える。
 久巴も「そうか!」と手を打った。
「もうお二人ともお気付きですね」
 俺はおもむろに右手を上げると、のあ先輩をビシっと指差した。

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