ハンギングチェア
2019-04-09


リラクサと名付けられた椅子が、彼女の部屋の天井からぶら下がっている。
『あれ? ケンジさん、緊張してます?』
 いつものように腰掛けると、ステレオスピーカーからリラクサが小声で話しかけてきた。
「よくわかるな」
『揺れがぎこちないですから』
「そうなんだ。今日は指輪を渡そうと思ってな」
『ご健闘を祈ります』
 二時間後。
 彼女と一戦交えた俺は、ぐったりとリラクサに腰掛けた。
『上手くいったんですね。揺れが穏やかです』
「サンキュ」
『そしてかなり運動しましたね。体重が一キロも減ってます』
「余計なお世話だ」
 こうして俺たちは婚約者となった。が、そういう時に限って仕事が忙しくなる。
 二ヶ月ぶりに彼女に会えた時は、激務のため俺は十キロも痩せてしまった。
「どうしたの? ケンジ!」
「やっと会いに来れたよ。ちょっと休ませてくれ」
「ダメよ、そんな痩せた体じゃ。今は散らかってるし」
「いいだろ? 婚約者なんだし」
 強引に部屋に入った俺は、リラクサに腰掛ける。
 あー、この感じ。激務の中ずっと待ちわびてた極上の心地良さ。
 久しぶりの愛の巣を満喫する俺に、リラクサが無邪気に囁いた。
『あれ? アキラさん、ちょっと太りました?』



500文字の心臓 第168回「ハンギングチェア」投稿作品
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