ガラスの丘リナ
2020-08-26


「これから実演を始めるよ〜!」
 家族連れが集う日曜日の広域公園に、活きの良い若い男性の声が響く。
「ガラスでウサギを作ってみるからね〜」
 声の主、十八歳の少年タクミは、芝生広場の真ん中で金属の棒を右手で高々と宙へ突き出した。
 それはステンレス製のパイプ。先端に透明の塊が付いている。
「この先っぽに付いているのが、ガラスです!」
 タクミがパイプを陽にかざすと、ガラスがキラキラと輝いた。
 それを見た子供たちが、一人また一人と集まってくる。

「次に秘密兵器を取り出します」
 タクミはしゃがみ、地面のバッグから金属製の筒を取り出した。
 それは小型ボンベ。カセットコンロでよく使うタイプで、先端にトーチバーナーが付いている。
 一五〇〇度の炎を作り出せるタクミの愛用品だ。
「そして――火をつけます!」
 抑揚をつけた声とともに、タクミがトーチバーナーの根元の引き金を引く。
「おっ!」
 子供たちが小さく驚きの声を上げる。ゴーという激しい空気音とともに青白い炎が誕生した。

「それではこれから、ガラスに炎の魔法をかけてみるよ!」
 タクミはパイプを口に咥え、左手で支えながら前へ突き出す。同時に右手のトーチの炎を近づけ、パイプの先端のガラスを炙り始めた。
 熱せられるガラス。一〇〇〇度を超える熱で真っ赤に色が変わっていく。
 やがてガラスは、どろりと変形し始めた。

 ここからがタクミの真骨頂。
 ガラス芸人としての腕の見せ所だ。
 というのも普通、ガラス細工はバーナーを固定して、ガラスの方を動かして行う。
 が、タクミはパイプを咥えて、右手のバーナーを自在に動かしてパフォーマンスできるのだ。それはまるで、炎でガラスに魔法をかけるように。
 真っ赤になったガラスが変形すると、タクミは左手でパイプを回しながら息を吹き込む。
「おおっ!」
 するとガラスはぷうっと膨らみ始めた。

 息を吹き続けるタクミ。
 その圧力で、炎で柔らかくなったところだけが変形していく。
 熱せられて変形する部分、そして冷えて硬くなる部分――絶妙なバランスを保ちながら、次第にガラスは形を成していく。
 それを支えているのは、タクミの人並外れた肺活量だった。

 拳くらいの大きさのガラスの膨らみが誕生したかと思うと、バーナーで炙った場所から小さな膨らみがニョキニョキと生えてきた。しかも細長いのが二本。
 その過程を、子供たちは息を飲んで見守っている。
 小さな目と口を刻み、可愛らしい丸い尻尾が生えてきた。
「はい、出来上がり! ガラスのウサギの完成だよ!」
 パイプを口から外し、先端のウサギを子供たちの前にかざす。
 タクミがパイプを回すとウサギはキラキラと輝いた。
「すごい、ホントだ!」
「ガラスのウサギ、可愛い!」
 歓声とともに子供たちから拍手が湧き起こり、青く澄んだ空に広がっていく。
 そんな晴れた日曜の公園が、タクミは大好きなのだ。

 タクミは作ったばかりのウサギを地面に置き、マットを敷いてバッグの中からガラス細工を並べ始めた。
「他にもいろんな動物があるからね」
 ――ウサギ、イヌ、ネコ、ゾウ、そしてキリンたち。
「遊び終わったら、お父さんやお母さんと買いに来てね! お兄さん、しばらくここにいるから」
「うん、絶対買いに来る!」
「お母さん、連れてくる!」
 こうして子供たちはバラバラと公園に散って行った。

 子供たちの後ろ姿を眺めながら、タクミは地面に腰を下ろす。
「今日もいい天気だなぁ……」
 見上げると、どこまでも青い空に、ぽっかりと一つ白い雲が浮かんでいる。
 タクミはバッグの中からガラス製のオカリナを取り出した。奏でるのは、遠い異国の音楽だ。
 草の上でまったりとたたずむ午後。ガラスを震わせる曲が青空にすうっと溶けていく。

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