2022-09-01
そして申し訳なさそうに説明を始めます。
「ごめん、みらくちゃん。預けたお楽しみはふえないんだ。それどころか、だんだんへっていってしまう。だってみらくちゃんのお楽しみは、ボクのごはんになっちゃうから」
なんということでしょう。
いいことばかりではなかったのです。
そういえばパパもママも、そんなことを言っていたような気がします。うまい話に気をつけろと。
私は思わずまゆを細めてしまいました。
「でもね、みらくちゃん、よく考えてみて」
むうまは必死です。
何としてでもお楽しみ貯金をすすめようとしています。
「みらくちゃんの頭の中で、お楽しみはどんどんあふれているんだよね?」
「うん。そうだけど……」
「じゃあ、すごくいっぱい貯金できるよね」
「そうかも……」
「それをボクがちょっとずつ食べても問題ないと思わない?」
「…………」
「みらくちゃんはすっきりと眠れる、ボクはごはんが食べられる、いいことだらけだよ」
むうまにだまされてはいけない。
私は注意しながら、むうまの言葉に耳をかたむけます。
でも言われるとおり、どんどんあふれてくるお楽しみはかなりじゃまなのです。
お楽しみがあふれて来なければ、すっきりして眠れるような気がしました。
「それにお楽しみを貯金しても、明日の遠足での楽しいことはなくならない。そうだよね?」
むうまの言うことももっともです。
本当に楽しいことは、明日の遠足で起きること。今の私の頭の中にあふれていることではありません。
するとむうまは、とどめの言葉を口にしました。
「みらくちゃんから預かったお楽しみは、とっても役に立つんだよ。さっきも言ったように、まずはボクのごはんになる。そして悲しんでいる子供たちに、貸してあげることもできるんだ。楽しい夢があれば、泣いてる子もぐっすり眠ることができる。もちろんみらくちゃんが悲しかったりつらかったりする時は、お楽しみを返してあげるよ」
悲しんでいる子供たちの役に立つ?
今のあふれるようなお楽しみが?
私は思いうかべてみます。悲しい時、つらい時、泣きたい時、友だちといっしょに動物にふれあっている夢を見ることができれば、ちょっとの間はいやなことを忘れられるような気がしました。
「世界中の子供たちの役に立つの?」
「そうだよ、ボクなら世界中の子供たちにお楽しみを貸してあげることができる。それがお楽しみ貯金だからね」
世界の中には、戦争をしている国もあるそうです。
テレビのニュースで、子供たちが泣いているシーンを見ることがあります。
そんな子供たちがちょっとでもいやなことを忘れるきっかけになってくれればいい。
それにむうまは、私が悲しんでいる時は、お楽しみを返してくれると言っていました。
「じゃあ、お楽しみを貯金する」
「ありがとう、みらくちゃん!」
むうまにとびっきりの笑顔がはじけます。
くるっと宙返りしたむうまは、私に言いました。
「じゃあ、ボクの後に続いて言って。『私、みらくは、お楽しみ貯金をします』って」
「わかったわ」
――私、みらくは、お楽しみ貯金をします。
こうして小学四年生の私は、お楽しみを食べるむうまと「お楽しみ貯金」の契約を交わしたのでした。
◇
「ちょ、ちょっと貴弘先輩! この議事録も私が作成するんですか?」
とあるメーカーの商品開発部に就職した私は、今日も議事録を作成せよと命ずる先輩の言葉に愕然とする。
大学の工学部で身に着けた知識や技能がすぐ役立てられると期待を膨らませて入った職場だが、現実は厳しかった。というのも、任される仕事は会議のセッティングや議事録とか報告書の作成という下働きばかり。
「ほら、議事録を作成すれば仕事の内容がよく分かるだろ?」
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