無線犬の恩返し
2006-01-30


雪の夜に、あの人はボクにミルクをくれた。
駅からは、こんなに沢山の人達が出てくるのに、
暖かいミルクをくれたのは、あの人だけだった。

なんとか恩返しをしたい。
あの人の家の前で、そんなもどかしい気持ちに支配される。
すると突然、電気のような思念が体を貫いた。
「カベヲ、ナオシタイ・・・」
これは何だ!?
人間界には無線LANというものがあるらしいが、これがそうなのか・・・
どうやらあの人は、電波に想い乗せて飛ばしているらしい。
次から次へとあの人の想いが降ってくる。

これは恩返しのチャンスだ。
家族に打ち明けらないあの人の想いを知っているのは、ボクだけだ。
そこでボクは、人間に化けることにした。

まず、家を改修してあげようと、大工に化けてみた。
すると、「リフォーム詐欺だな!」と追い返された。
次に、洗濯物をたたんであげようと、今時の家政婦に化けてみた。
すると、「メイドさんを呼んだのは誰なのーっ!」と
夫婦喧嘩になってしまった。

本物のダイヤの指輪を届けようとすると、
「もともと本物なんだよ!」と怒られた。
おでんの屋台を引いていくと、
「だいこんなんて大っ嫌い!」と息子に蹴られた。

いったいどうすれば、あの人は喜んでくれるのだろう。
途方に暮れていると、家族の人達に見つかってしまった。
「まあ、かわいいワンちゃん!」
「ねえパパ、この犬飼ってもいい?」
そして、あの人がやってきた。
「お前はあの時の子犬か。いいだろう、家に置いてやろう」

こうしてボクは、あの人の家にお世話になっている。
素のままでいることが恩返しになるとは、予想もしなかった。
何をやっても全くダメだったのが嘘のようだ。
今日もあの人は、電波に想いを乗せている。
「ユキノヨルニ・・・」
あの人も、あの日のことを思い出しているのだろうか。


へちま亭文章塾 第5回「小説+雪またはユキ」投稿作品
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