雨の高原にて
2006-10-16


カーテンを開けると外は土砂降りだった。
せっかくの高原旅行というのに残念だ。
湖でのボート乗り、滝までの森林浴。
想い描いていた楽しみが、すべてパーになった。
雨でも楽しめる屋内施設は、周辺には2ヶ所しかない。

「おもちゃ王国と温泉、どっちがいい?」
「温泉!」
間髪を入れずに娘が答える。
よくぞ言った。それでこそ我が娘だ。
「温泉がいい人、手を上げて。ハーイ!」
「ハーイ」
息子も元気に手を上げる。
子供会議は満場一致だったようだ。

娘の選択には、ちゃんと理由がある。
幼少の頃からの温泉英才教育が、実を結んだのだ。
娘と父親。この二人が一緒に風呂に入れる期間は短い。
せいぜい10年といったところだろうか。
だから、このわずかな時間を決して無駄にしてはならぬ。
まずは休日のたびに付近の温泉に連れて行き、
風呂に慣れ親しむことから始まった。

小学校に入学してからは、温泉のすばらしさを説いた。
温泉とは、地面からお湯が湧いているところ。
その上に湯船が作られているのが、本物の露天風呂だ。
そんな温泉に父娘で入れるのも、あと数年しか残されていない。
お金をかけて、本物の露天風呂を探し歩くうちに、
娘はすっかり温泉好きになってしまった。

そもそも、世界を見回しても露天風呂がある国は少ない。
たとえあっても、裸で入浴する国は日本くらいなものだ。
国によっては、親子で入浴しているだけで、
虐待として逮捕される場合もあるらしい。
日本に生まれたことを、心から感謝しなければならない。

「あー、高原の温泉は気持ちいいなあ・・・」
今回は息子と入浴する。娘は妻と女風呂だ。
「なあ、そう思うだろ?」
「おもちゃ王国ぅ・・・」
「なんだ、本当はおもちゃ王国に行きたかったのか!?」
「うん」
息子よ、お前はおネエちゃんの提案に逆らえなかったのだな。
そういえば、コイツの教育はまだだった。
まあ、いいか。息子とはずっと一緒に入浴できる。
これからじっくりと教えていくとするか・・・


へちま亭文章塾 第12回「よくぞ日本に生まれけり」投稿作品
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