アンコールで微笑む人
2006-12-16


絵はがきが届いた。お店を開きました、と書いてある。
裏の写真は、異国の仏教遺跡の風景だ。

「パパ、その絵はがきに何が写ってるの?」
「初恋の人だよ」
「えっ!?ってコレ石像じゃん」
「違うよ。遺跡じゃなくてこっちのお店。そこに立っている女性だよ」
「ふーん…、でも、初恋の人はママだって言ってなかったっけ?」
「ママはね、”結婚したい初恋の人”」
「なにそれ?じゃあ、絵はがきをくれたこの人は何の初恋の人?」
「えっとねえ…」

そもそも初恋ってなんだろう。
一緒に遊びたいと思った幼稚園のあの娘がそうなのか?
それとも、手を繋ぎたいと思った小学校のあの娘がそうなのか?
人と出会い、その人に何かを感じる時、それは相手によって様々だ。
その娘と初めて何かがしたい。
そう感じたら、それはどれも初恋なのだろう。
”一緒に遊びたい初恋の人”、”手を繋ぎたい初恋の人”…
それではいったいあの人は、何の初恋の人だったのだろう。

絵はがきをくれたのは、高校の同級生だった。
もの静かな行動家で、話しかけても会話が続かない。
だからいつも、彼女を遠くから見ているだけだった。
文化際では、ピアノを弾く彼女を舞台裏で応援した。
球技大会では、卓球しながら隣のバスケットコートが気になった。
修学旅行の集合写真は、彼女の位置だけ覚えている。
ただ見ているだけなのに、なぜか幸せな気持ちになった。

「えっと、絵はがきをくれた人はね、”ただ見ているだけの初恋の人”」
「そんなのあるの?ただ見ているだけぇ?」

きっと彼女は、遺跡の近くに建てた小さなお店で、
今も寡黙にバリバリとがんばっているのだろう。
彼女目当てで訪れる客もいるに違いない。
遺跡の石像のような、強くて穏やかな笑顔は、
あの頃と少しも変わっていなかった。


文章塾のゆりかご 第3回「初恋」投稿作品
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