ダイコン
2007-10-29


「ダイコンなんて、だいっキライ!」
ブリ大根を前にして息子が叫んだ、らしい。
そんな話を妻から聞いて、ふと昔の自分を思い出す。
何を隠そう、自分もダイコンが大嫌いだった。

だいこんが食べられるようになったのは、一人暮らしを始めてから。
通っていた大学の前に、旨い小料理屋があったおかげだ。
そこのおでんを食べている時に、ふとある疑惑が湧き起こった。
自分のダイコン嫌いは、母の料理が原因だったのではないのだろうか。

疑惑を抱きながら二十年。
二世帯住宅に引っ越して七年。
ついにその疑惑が、確信に変わる日がやってきた。
謎を解く鍵は、母が作った目の前のブリ大根だ。

「こりゃ、だいこんじゃなくてダイコンだよ・・・」
思わずぼやいてしまう。
煮込みが足りず、中が白くて硬い。
ぶりの旨味がしみ込んでないから、すごく苦い。
でも、なんだろう、この不思議な感覚は。
記憶の奥底に沈んでいる何かを呼び覚ますような味だ。
これがいわゆる“おふくろの味”と云うのだろうか。

むむむ、待てよ。
”おふくろの味”という言葉を使っていいのは、
旨いものに対してなんじゃないのか?
このブリ大根は、ものすごく不味いぞ。
でも旨くならないものに対しては、使ってもいいような気がする。
だって、母の料理が日増しに旨くなって、
いつの間にか三ツ星レストラン級になっちまったら、
それは”おふくろの味”とは言えないんじゃないだろうか。

さらば”おふくろの味”と、ごみ箱を開けたところで、
妻に見つかってしまった。
「子供達は泣きながら食べたのに…」
ギロっと睨みながら、捨てたらみんなにバラすわよ、なんて、
恐ろしいことをさらりとおっしゃってくれる。
結局、明日の朝、子供達の前でブリ大根を食べることになった。

「やっぱり食べたくなーい!」
泣き叫びたい気持ちを抑えながら考える。
不味くても、おいしそうに食べる?
それとも、正直に不味そうに食べる?
自分は息子に、どんな顔を見せてしまうのだろうか。


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