私の名前は、ネチャード・イレラレン
華麗なる天才ピアニスト
世界中を旅して、お目当ての女性を探している
「きゃぁーっ、ネチャード!!」
新年の演奏会が終わると、ご婦人達の黄色い声が出口を覆う。どうやら、私の甘いマスクと、魅惑的な演奏が彼女達をそうさせているらしい。私は片手にトランプを持ち、一枚一枚空に向かって投げる。ひらひらと落ちてくるカードをご婦人達が我先にと拾ううちに、用意した車に乗り込むのだ。
コンコン…
さあ、今夜のお客がやってきた。
「どうぞ」
「カ、カード、私が拾いました」
ちょっと緊張気味に、20代前半くらいの女性が部屋に入ってくる。黒いドレスの胸のところでハートのAをかざしているのが愛らしい。ホテルの部屋番号を記したカードだ。
「今夜は私のレッスンに付き合ってもらうけど、いいかい?」
「は、はい、喜んで…」
ピアノは非常に繊細な生き物だ。タッチの強弱そして速さによって音の艶が変わる。そして世の中には、ピアノに負けないくらい繊細な生き物が存在する。それは女性だ。芸術的なタッチによって、彼女達の口から発せられる調べを自在にコントロールする。それが私の夜のレッスンなのだ。
「さあ、始めるよ」
私は目を閉じて、指先の感覚だけを頼りに曲を奏で始める。ある時は早く、ある時はゆったりと、そう、それはまるで草原を舞う蝶のよう。シルクのように滑らかに風の合間を抜け、深く茂みに迷い込んで秘密の花びらを探し、蜜をまとって激しく羽ばたいていく…
「ふう、今夜も完璧な演奏だった」
その証拠に、あまりの心地の良さに女性はすでに気を失っていた。
「おやすみ。しかし今夜のご婦人も違ったな…」
私は女性を残して、いつものように一人部屋を後にした。
熱く硬くなった情熱を衣の内に秘めたまま。
私の名前は、ネチャード・イレラレン
華麗なる天才ピアニスト
今年で40才になるが未だに童貞
世界中を旅しながら、失神しない女性を探している
文章塾という踊り場♪ 第21回「お正月らしい、お正月を感じさせるもの」投稿作品
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