ラジオ講座
2009-04-20


「ねえねえ知ってる?」
 廊下で僕を見つけたマリコが走ってやって来る。
「M先輩ね、W大学受かったんだって!」
「えっ、すごいじゃん」
 最近、上級生の受験結果が校内で飛び交っている。そのことは同時に、次は自分達の番であることを告げていた。
「受験勉強か…」
 そろそろ始めなくてはと思いつつ、何をやったらいいのか分からないと手付かずのままにしている超重要課題だ。
「私ね、M先輩にいいこと教えてもらっちゃった」
「なんだいそれは?」
「ラジオ講座って知ってる?」
「ああ、名前だけは」
「あれってすごくいいんだって。先輩もそれで勉強してたんだってよ」
「へぇ〜」
「どう、一緒にやらない?」
「やらないって、W大でも目指してんのかよ」
「そうよ、だってM先輩と同じ大学に行きたいもん」
 結局それかよ。マリコの誘いに乗るのも一案だけど、発端がM先輩というのがちょっと引っかかる。
「なんか面倒くさそうだな」
「えー、ねえ一緒にやろうよ、今度面白そうな講義を録音して持って来るからさぁ」
「ああ聞くだけならな」
 もしマリコが録音テープを持ってきたとしても、それを渡したかった相手は僕ではなくM先輩なんだよ。そう思うと、少し憂鬱になった。

 それからしばらくの間、マリコから連絡は無かった。どうせ他のヤツにも声を掛けて、すでに勉強仲間を見つけたに違いない。そう思っていたある日、下校時の下駄箱に手紙を見つけた。差出人はマリコだった。

「ラジオ講座のテープか…」
 校舎の裏でドキドキしながら封を開ける。中身はカセットテープと、小さく折り畳まれた一枚の紙。
「レポート用紙?」
 広げてみると、そこにはきれいな字でぎっしりと講義の解説が書かれていた。桜の花のような、いい匂いがする。
「仕方ねえなあ…」
 僕は自転車に乗り、街の本屋へと向かう。もちろんラジオ講座のテキストを買うためだ。M先輩と同じ勉強方法は癪と思いつつ、駆け下りる坂道もペダルを漕ぐ自分がそこにいた。


文章塾という踊り場♪ 第34回「兆し」投稿作品
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