応援はブルセラで?
2010-06-23


「かんぱーい!」
「日本の勝利を祈って!」
「……乾杯」
 三人の独身OLの真ん中で、ビールジョッキがガチっと音をたてる。サッカー大好き三人組の七海、真岐乃、紺乃は、明日から参加する南アフリカへの弾丸ツアーの前哨戦として居酒屋に集っていた。
「デンマーク戦、勝てるかな?」
「勝つっきゃねーだろ、私達が応援に行くんだからよっ!」
「……負けない」
 ツアーで観る試合は、二○一○年ワールドカップE組最終戦の日本対デンマークだ。この試合に勝つか引き分けると、日本のグループリーグ突破が決定する。
「ねえ、マキちゃん。スタジアムにはどんな格好で行く?」
「決まってんだろ、ジャパンブルーのユニフォームよ」
「えっ、マキちゃんあれ買ったの? 高かったでしょ」
「南アフリカまで行くんだから、それくらいは揃えなきゃダメでしょ。そういう七海はどうすんのよ?」
「私は、ただの青いウインドブレーカーで。紺乃は?」
「……紺色」
「ゴメン、聞いた私がバカだった」
 三人の中で一番小柄な紺乃は、いつも無口だ。しかしいざ試合が始まると、まるで別人のように金切り声を張り上げて応援を始めるから人間って不思議だと七海は思う。
「ねえねえ、マキちゃん。今回はどんなフェイスペイントする?」
「もちろん日本の国旗でしょ。そんでもって、お情けでデンマーク国旗も。あれ? デンマークの国旗ってどんな模様だったっけ?」
「赤、白、青じゃなかったっけ?」
「えー、七海、何言ってんの。それってフランスじゃん」
「わかんないよ〜、私そういうのって苦手なの。紺乃は知ってる?」
「……赤地に白十字」
 あー、そっか、そうだったかもと、七海と真岐乃は顔を合わせる。
「って、どっちも赤白じゃん。つまんないよ」
「じゃあ、どうするの? マキちゃん」
「デンマークの国旗の代わりに、南アフリカの国旗ってのはどう? あれって確か、いろんな色があったじゃない?」
「テレビで『レインボーフラッグ』って言ってたような気がするわ。すると七色?」
「何? 私に聞いてんの? わかるわけないじゃん」
 真岐乃が唇を尖らすと、紺乃がまたぼそりと呟いた。
「……緑の横Y字に白と黄の縁取りでバックは青赤黒」
 口で言われても、どんな旗だかイメージできない七海と真岐乃であったが、いろんな色があることは分かった。
「ねえねえ、マキちゃん。フェイスペイントに加えて、ちょっと可愛い格好もしてみない? そうね――猫耳とか?」
「七海〜、それマジで言ってる? 私達、もう二十五過ぎてんのよ。でも意外といいかも。にゃんにゃんってか?」
「それに、あの流行のブーブーって鳴ってるやつも買おうよ」
「えー、あれはパス。うるさくってさ、頭が痛くなってくるんだよね、試合中にあれが鳴ってると。猫耳だったら付けてもいいけどさ。にゃんにゃん……」
 そう言いながら、真岐乃は七海にじゃれてくる。すでに酔いが回ってきたようだ。
「ちょ、ちょっとやめてよ〜。そうだ、あれって何て言うんだっけ?」
 七海は猫化した真岐乃を振り払うと、紺乃に楽器の名前を聞いた。
「……ブブゼラ」
「にゃ、にゃにー!?? ブルセラぁ!?」
「何言ってんの、マキちゃん。ブブゼラだってば。もう酔ってんの?」
「よし、決めた。七海! 日本女子は日本人らしくブルセラで対抗だ!」
「マジで? 上がセーラー服で下がブルマなんて超恥ずかしいよ。それにそんなの持ってないし、私の名前のアクセントだって『名波』になってるし……」
「大丈夫、大丈夫。ブラジルを応援する女子なんて、布っきれがほんのこれっぽっちしか無いじゃない」
「いや、相手はブラジルじゃないし。それに現地は冬だし」
「……スクール水着」
「突然何てこと言うのよ、紺乃。そんな姿がテレビに映ったら二度と近所を歩けないわよ。私、小市民なんだから」

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