タバ吸娘
2010-09-12


「おーい、そこのタバスコ!」
 俺はベランダに佇む凛子を呼ぶ。
「タバスコって誰のことよ」
 凛子が振り返る。
「お前のことだよ、凛子。タバコを吸う娘と書いてタバスコ。知らないのか?」
「煙草を吸っちゃ悪い?」
 凛子はベランダの手すりを灰皿代わりにして、面倒くさそうに部屋に戻って来た。
「悪い。キスが臭くなる」
 そう言いながら俺は凛子を引き寄せる。いつものように、キスは煙草の匂いがした。

 大学のサークルに入ってきた凛子を見た瞬間、俺は彼女に恋してしまった。ショートカットの黒髪に、ちょっと鋭い目つき。人の心をえぐるようなその視線は、俺の心を鷲掴みにした。
 俺はすぐに凛子をデートに誘い、二人は付き合い始めた。そして最近は、俺の住むマンションの部屋に凛子が遊びに来るようになっていた。

「やっぱ煙草くせえ」
「じゃあ、キスなんてしなきゃいいじゃない」
 実は、俺は極度の煙草嫌いなのだ。
「それでも好きなんだよ、お前のことが」
 そう言って俺は扇風機のスイッチを入れる。鼻先から風を浴びると、煙草臭さはどこかへ消えていくような気がした。
 そうだよ、好きなんだ。凛子の顔の造りや、このさばさばとした性格が。ヘビースモーカーでなければずっと眺めていたいのに。
「扇風機なんか付けちゃって、好きって感じが伝わってこないんだけど」
 そして凛子は後ろから俺に抱きついてくる。
 どうやら凛子は俺の背中が好みらしい。しばらくの間、凛子は俺の背中に手を這わせていたが、何を思ったのか俺の短パンのポケットに手を入れてきた。
「こんなに火照っているのに?」
 俺が煙草の匂いが平気になればいいのに。そして凛子が煙草をやめてくれればいいのに。
 俺たちの関係はいつまで経ってもキスから先に進めなかった。



一時間で書く即興三語小説
▲お題:「灰皿」「タバスコ」「扇風機」
[即興三語小説]

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