2012-01-11
つまり上から下まで見事に黒ずくめ。真っ黒カラスのような女の子が、スカートを揺らしながら怒りに身を任せている。
そしてそんな彼女が手にしていたものに、僕はさらに違和感を覚える。
彼女のコーディネイトにまったく似合わないそれは――純白の猫のぬいぐるみだった。
○
「でも、あれって……」
そのぬいぐるみに見覚えがあった。
猫がすましたように尻尾を立てて座っている恰好。それはよく見かける姿のぬいぐるみだったが、その額に付けられた紋様が独特だったからだ。
――赤い渦巻紋様。
純白の猫に赤の紋様はかなり目立つ。その紋様が目に入らなければ、見覚えがあることに気つかなかっただろう。
それは一週間前のこと。
通学路の途中の歩道で、僕は一匹の猫のぬいぐるみを拾った。純白の額に浮かぶ赤の渦巻紋様がものすごく特徴的なぬいぐるみを。
そのまま捨ててしまっても良かったが、ちょうど目の前に交番があったので僕はぬいぐるみを届けに行ったのだ。
交番に入ると、中では一人の女の子が机に顔を伏せて泣きじゃくっていた。僕は恐る恐る、女の子の対応をしているお巡りさんに声をかけた。
「あのう、今そこで、これを拾ったんですけど……」
僕がぬいぐるみを頭の上に掲げると、女の子の応対をしているお巡りさんが顔を上げてこちらを向いた。
「ああ、落し物ね。ごめんね、今ちょっと取り込んでいるから。申し訳ないけどそこにあるメモに君の名前と連絡先を書いて、置いておいてくれないかな。後で拾得物の登録をしておくから」
僕はカウンターの上に猫のぬいぐるみを置き、メモに書き込むためにボールペンを手に取った。お巡りさんは目の前の女の子にいろいろと質問をしているようだった。
「ねえ、君は何で泣いてるの?」
「ホタルの大切な何かが無くなっちゃったの……」
ふうん、あの子の名前はホタルっていうんだ。
「じゃあ、何を無くしたの?」
「それが何だかわからないの。わからないけど、ものすごく大切なものなの。それを探してほしいの」
変わった子だな。何を無くしたのかわからなければ探しようがないじゃないか。お巡りさんも大変だ。
ん? もしかしたらあの子が無くしたものってこのぬいぐるみ?
ちょうどその時、お巡りさんも同じことを考えていたようだ。こちらを指さしながら、女の子に向かって質問し始めた。
「ねえ君、もしかして無くしたものってあの猫のぬいぐるみ?」
「ふえっ? 猫?」
女の子が振り返り、泣きはらした赤い目をこちらに向けた。そして僕と目が合う。
か、可愛い……。
柔らかそうな頬にカールした茶色の髪がふんわりとかかっている。その濡れた大きな瞳は、一縷の希望に輝きを増していた。
僕の胸がドキンと脈打つ。
涙を隠そうともせず、女の子は猫のぬいぐるみに視線を移す。そして残念そうに顔を曇らせた。
「あのぬいぐるみかもしれないし、あれじゃないかもしれない。わからない、わからないの……」
そして女の子は、再び机に伏して泣き始めた。
なんだ、あの子のぬいぐるみじゃなかったのか。せっかくあの子と知り合いになるチャンスだったのに……。
でもあの子が着てるのはうちの高校の制服だぞ。だったら学校で会えるかもしれない。名前もわかったし。
そんなことを考えながら、メモを書き終えた僕はボールペンを置く。
「じゃあ、ぬいぐるみをここに置いておきますから」
僕は女の子の対応に必死になっているお巡りさんに一声かけ、後ろ髪を引かれるような気持ちで交番を後にした。
○
「なによ、人のぬいぐるみをジロジロ見て。なんか文句あんの?」
はっと気が付くと、僕はエレベーターの中で黒ずくめの女の子に睨まれていた。
そうだ、エレベーターに乗っている時に地震があって、僕達は閉じ込められているんじゃないか。
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