ぬいぐるみ少女K
2012-01-11


「あっ、地震……」
 塾帰りのエレベーターの中。隣に立っている見知らぬ女の子がポツリとつぶやいた。
 足先の感覚に集中しながら上目づかいにエレベーターの天井を見る。確かにエレベーターは動きながらカタカタと揺れていた。
「……ッ!」
 ドンと突き上げるような衝撃を感じて、僕と女の子は咄嗟にエレベーターの手すりにつかまる。地震の揺れは次第に大きくなり、
「きゃっ!」
 ガタンという大きな音とともに僕達が乗ったエレベーターは止まってしまった。そして電気が消える。
「げっ、停電」
「暗っ……」
 僕、尾瀬開は、女の子と一緒にエレベーターに閉じ込められてしまった――

 三月の大震災の影響なのだろうか。九ヶ月経った今でも東京では割と大きな地震が起きている。今回の揺れもすぐに収まったが、停電はそのままだ。
 非常灯だけのエレベーターの内部は薄暗くて心細い。いや、薄暗いだけで済めばいい。電源を失ったエレベーターがこのまま落ちてしまわないか、僕はだんだんと心配になってきた。
 エレベーターに乗ったのは塾のある五階。そして、エレベーターが動き出してすぐに地震が起きたような気がする。ということは、今僕がいる場所は四階か三階くらいだろう。もしブレーキが効かなくなってエレベーターがこのまま落ちてしまったら、その高さから一階部分のコンクリートに叩き付けられることになる。
 マジかよ、勘弁してくれよ……。
 僕は祈るような気持ちで天井を見上げる。その時にちらりと横目で見た隣の女の子は、もっと不安そうな顔をしていた。エレベーターの中は、僕と彼女の二人きりだった。
「あっ!」
「おっ」
 いきなり電気が点いた。停電が復旧したようだ。
 よし、動け!
 そう願う僕をよそに、エレベーターはちっとも動く気配がない。
 なんだよ、早くしてくれよ……。
 思っていたよりも早く電気が復旧してほっとしたのもつかの間、今度は狭い空間に閉じ込められた不安が僕を襲い始めた。そして、それに追い打ちをかけるアナウンスが。
『お客様、ご無事でしょうか? こちらはエレベーターのメンテナンス室です。現在、他のビルでもエレベーターが停止しており、順次点検を行っています。大変申し訳ありませんが、復旧までしばらくお待ち下さい』
 おいおい、点検に時間がかかるのはわかるけど、頼むから早くここから出してくれよ……。
 僕はつい泣きごとを言いたくなる。
 今乗っているエレベーターは、十人くらい乗れば一杯になってしまうくらいのタイプ。現在乗っているのは二人だけで余裕があるとはいえ、狭い空間に閉じ込められているのは気持ちがいいものではない。それに停止時間が長引けば大変なことになりそうだ。二人が横になることなんてできそうもないし、トイレに行きたくなったら最悪だ。
 隣の女の子の不安はさらに大きかったようだ。彼女はエレベーターのドアに近づいて前かがみになると、スイッチ類の下のマイクに口を近づけてすごい剣幕で叫び始めた。
「無事じゃないわよ、早く降ろしなさいよ」
 いや無事だろ? とりあえずは。早く降ろしてほしいのは賛同するけど。
 女の子のやり取りを聞きながら、つい突っ込みを入れたくなる。
「こら、メンテナンス室、なに黙ってんの? 点検より先にやることがあるでしょ! 私病気なんだから。ちょっと、聞こえてんの!? 何か言ったらどうなのよっ!」
 つんと突き出した女の子のお尻が叫び声と一緒に震え、そのたびにフレアスカートがひらひらと揺れている。その様子はなかなか魅力的で、ついつい目を奪われてしまうのだが、それよりも僕は女の子の恰好が見事なモノクロであることに気がついた。エレベーターに乗った時は全然気にしていなかったが、彼女のファッションはちょっと不思議だった。
 上から黒のキャスケット、黒縁メガネ、黒のコート、黒のフレアスカート、黒のタイツ、黒のブーツ……。

続きを読む

[投稿作品]
[ラ研企画]

コメント(全0件)
コメントをする


記事を書く
powered by ASAHIネット