2013-08-20
「絶対あいつを捕まえて、映像を取り返してやる」
日和子はギリギリと拳を握りしめた。
――もしあの男がパパだったらどうしよう。
鼻息を荒くする彼女の隣で、私の心は不安に浸食されていた。
☆
その日の学校は、どんな授業を受けたのか全く覚えていない。
だって、パパが盗撮犯なのかもしれないんだから。
放課後になっても、私の心はちっとも穏やかになってくれなかった。
――カゲカゲ、フワフワ。
あれはパパの呪文に間違いない。
もしサングラスの男がパパではないとしたら、なぜ呪文をあの男が知っていたのか謎になる。
――まさか、パパの魔法の弟子……とか?
そんなことがあるのだろうか。
私の頭の中では、いろいろな可能性がグチャグチャと際限なく回り始めていた。
「四葉。あんた、これから暇?」
思考を遮る威圧するような声。
気が付くと、目の前には日和子の顔があった。いつのまにかホームルームは終わっている。
「えっ、あ、う、うん……」
気圧された私は、仕方なく生返事をした。
「だったら調査に行くよ」
「行くってどこに?」
「盗撮野郎が居た場所に決まってるじゃない」
やっぱり。
「あの突風がわざとだとしたら、きっと何かカラクリがあるはず。それを突き止めるのよ。それにカラクリがあるなら、あいつは再び姿を現すわ」
日和子は本気で犯人探しをするつもりだ。
私は通学用バッグに教科書を詰めながら、なんとかしなくちゃと焦りで心が一杯になっていた。
☆
「怪しい男はね、この場所に居たのよ」
朝の場所にたどり着くと、日和子は私に状況を説明する。
「そしてあんたはそこ。三メートルくらいしか離れていないのに、本当に気付いてなかったの?」
「えっ、う、うん……」
今は知らんぷりを貫かなくちゃ。
日和子の目を見ていられなくなって視線を外すと、彼女は仕方が無いと車道に目を移した。
すると日和子は、男になりきってビルの合間に身を寄せる。ビデオを構える手つきをしながら、反対側の歩道に焦点を合わせている。
「車道は片側二車線、計四車線だから、ざっと十五メートルは離れてるわね……」
ブツブツと呟きながら状況を調査する日和子。目は真剣そのものだ。
「ここから風を起こしてスカートをめくるのは不可能。となると、歩道側になにかトリックがあるはずだわ」
そして彼女は駆け出した。
「四葉、向こう側の歩道に行くよ」
「ちょ、ちょっと待ってよ」
私は慌てて日和子を追いかけた。
「私は今朝、この歩道を歩いていた」
日和子は、朝の自分自身の行動を再現しながら検証を始める。
「そしてこの辺りでスカートがめくれ上がった。ということは、この場所になにか仕掛けがあるはず……」
彼女は立ち止まって地面を見る。
「あっ!」
そして何かを見つけ、腰を折ってアスファルトに目を近づけた。
茶色に染めたショートボブの髪がパラリと下を向く。進学校であるうちの高校の生徒にしては崩れた格好の日和子だが、頭はかなりいい。成績はいつもクラスで一、二番を争っている。
――優等生なら優等生らしい恰好をしたらいいのに。
何度そう思ったかわからない。目鼻立ちも整った彼女と一緒に歩いていると、いつも男子の目線を奪われてしまう。スカートだって、明らかに校則違反と分かるくらいに短いし……。
――ちょっと日和子、そんなに前かがみになったら、またお尻のひよこが見えちゃうよ。
日和子に忠告しようとしたその時、
「これだ!」
彼女は何かを見つけて叫び声を上げた。そしてあるものを指さしながら私の方を見る。
「見てごらんよ、四葉。この部分のアスファルト、色が違ってるでしょ」
ホントだ。
日和子が指さす先を見ると、その部分のアスファルトが周囲よりも黒っぽくなっていた。
セ記事を書く
セコメントをする