ふわり、草の匂い
2013-08-20


子供の頃、パパは魔法使いだと思っていた。
「ほら、四葉。そこに立ってごらん」
 パパの言う通り、草に覆われた公園の丘の上に立つ。
 白詰草が咲き誇る町の公園は、二人のお気に入りだった。
「ねえ、パパ? これから何が起こるの?」
「四葉が気持ち良くて、びっくりする魔法だよ」
 そこでパパは、とっておきの魔法を私に披露してくれた。

『カゲカゲ、フワフワ。カゲカゲ、フワフワ……』

 パパが呪文を唱えると、足元がなんだか涼しくなる。気が付くとスカートがフワフワと宙に浮いていた。
「うわぁ、パパ。おもしろーい! そんで、なんか、気持ちイイ」
 フワフワと漂うスカートと一緒に、体も浮いてしまうような感覚に私はとらわれる。
 ――このまま空も飛べたら気持ちいいのに。
 私の心も一緒に軽くしてくれた魔法だった。

 そんなパパの魔法は、草の匂いがした。



 でも。
 五年前のこの出来事って……。
 ただのスカートめくりなんじゃないのぉぉぉぉーーーッ!?

 ☆

 パパはもしかしたら変態?
 丘野四葉(おかの よつは)がそんな疑念を持ち始めたのは、高校一年生になったばかりの梅雨のある日のこと。雨上がりの通学路に面したビルの合間の路地から、懐かしいフレーズが聞こえてきたのがきっかけだった。

『カゲカゲ、フワフワ。カゲカゲ、フワフワ……』

 ――えっ、その呪文って?
 声がした方を振り向くと、そこに居たのはサングラスとマスク姿の怪しい男。ビルに隠れるようにしてビデオカメラを構えている。どうやら反対側の歩道を撮影しているようだ。
 ――この人ってパパ? 変装して何やってんの?
 声を掛けようと思ったが、パパじゃない別人のような気もする。それ以上に私を躊躇させたのは、その男が発するただならぬ雰囲気だった。
 サングラスの奥から感じる真剣な眼差し。
 ――何を撮っているんだろう……?
 男のカメラが追う方向を見ると、一人の女子高生が歩道を歩いていた。
 ――あっ、あれは。
 同級生の東屋日和子(あずまや ひよこ)。ショートボブの髪を朝の光になびかせている。
 その時。
「キャッ!」
 日和子が甲高い声を上げた。
 雨上がりの歩道、水たまりに反射する朝の光、そしてめくれ上がっていく日和子の制服のスカート。
 必死に前を抑える日和子だが、無情にもお尻が露わになる。下着の可愛いひよこのプリントがコンニチワをした。
 ――ま、まさか、これってパパの魔法……?
 スカートをめくる風、フワフワという呪文。これはまさにパパの魔法そのものだ。
 元に戻ったスカートに手を当て恥ずかしそうにキョロキョロと辺りを見回す日和子とは対照的に、私は呆然と立ち尽くす。そんな私を我に戻したのは、日和子の叫び声だった。
「四葉! あの男を捕まえてッ!!」
 ――えっ、えっ? あの男?
 そうだ、あの男は!?
 日和子が指さす方向を見る。ビルの合間の路地を、サングラスの男が慌てて走り去って行くところだった。
 
「なによ、四葉。ちょっとくらいは追いかけてくれたっていいじゃない」
 横断歩道を駆けて来た日和子は、ぷうっとほおを膨らませた。
「許せないあの男。絶対、盗撮野郎だわ。さっきのビデオに撮ってたもん」
「あの男が?」
 私は知らないフリをする。
「えっ、あんた、あんなに近くに居て全然気付かなかったの?」
「うん。ゴメン……」
 ホントは気付いていたけど。
 だって、もしかしたらパパかもしれないんだから。
「盗撮野郎に撮られちゃったよ、私のとっておき」
「あのひよこのプリントが?」
 ちょっとそれは子供っぽいんじゃない?
 私の反応に、日和子は顔をほんのり赤くする。
「やっぱ見えてたのね、私のパンツ……」
 そりゃ、あなた、スカート短すぎですから。

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