2014-09-15
「あっ!?」
通学や通勤客でごった返す駅のホームで、俺、伊賀和志(いが かずし)は思い出す。
「し、進路希望の書類、入れたっけぇ!?」
灰色のA四サイズの封筒。それをバッグの中に入れた記憶が無い。
慌てた俺は、人ごみをかき分けて壁際の赤い自動販売機の陰に駆け込んだ。恐る恐るバッグの中を確認する。
「げっ! やっぱ入ってない……」
サラサラと白くなっていく頭の中。こめかみには嫌な汗が流れて来た。
今日は進路希望の書類の締切日だ。忘れた者はもれなく放課後に呼び出される、進路指導の戸塚に。
――ガン飛ばしの戸塚。
生徒達からそう恐れられるほど、進路指導の教諭、戸塚安行(とつか やすゆき)は生徒を睨みつけるのが大好きな先生だった。
「嫌だ。戸塚に呼び出されるくらいなら、取りに戻って遅刻した方がマシだ!」
俺は踵を返し、改札口に向かってダッシュする。必死に走れば、書類も遅刻もどちらもクリアできるかもしれない。
最初の難関は改札口だ。
俺は、こちらに向かって来る人々をひらりひらりとよけながら前進する。すると正面に誰もいない自動改札口を見つけた。
「ラッキー! チャンスは今だっ!!」
――向こうから人が来る前に。
俺は、ICカードの入った財布をポケットから取り出し猛ダッシュ。
すると向こう側にも人影が現れた。急接近してるから、そいつもきっと同じ改札口を狙っているに違いない。
――あいつより先にィィィィィッ!!
俺は改札の緑印を確認しながら、財布を持った手をタッチパネルに延ばした――直後、強い衝撃が俺を襲う。
「痛ぇっ!」
「痛いじゃないっ!!」
何か固いものが額を直撃し、俺は激しく後ろに突き飛ばされた。
慌てて受け身を取り、地面と後頭部との衝突を回避したところまでは良かったが、何か重いものが俺の上にのしかかる。
見ると、地面に倒れた俺の上に女の子が乗っていた。俺と同じく額を手で押さえている。
――なんだよ邪魔しやがって。でも、もしかしたら……?
期待に胸を膨らませながら、彼女の顔をのぞきこむ。
ショートの黒髪から覗かせるのは、ちょっと眉毛が太く一重まぶたの平均的な顔立ち。着ているのは俺の高校の制服だった。
ああ、神様。どうせぶつかるなら、とびっきりの美少女にしてくれればよかったのに……。
そんでもって両手が胸にタッチしちゃってるとか、ラッキースケベはボーイミーツガールの基本じゃないかと、そんなバカなことを考えることができる脳を守った両手の活躍を忘れて俺は落胆した。
「ちょっと、なにやってんのよっ!」
失礼な妄想を見透かすように、女の子は俺のことを睨みつける。
おっ、怒った顔はちょっとキュートかも。
「邪魔しないでよ。私の方が先だったんだからっ!」
せっかく容姿を心の中でほめてやったのに、俺を悪者にするその態度にカチンと来た。
人を突き飛ばしておいて、何言ってんだよ!
俺はちゃんとゲートグリーンを確認して突入したんだぞ。
「ふざけんな、そっちが逆走したんだろ!?」
しかし女の子は引き下がらない。
「逆走? 聞き捨てならないことを言うわね。そっちのゲートが閉まったから、あんたは私に突き飛ばされたんじゃない」
「えっ?」
確かに俺は、自分が来た方向に突き飛ばされた。女の子は平均より背は高そうだが割と痩せ目のタイプ。まともに俺とぶつかれば、彼女の方が飛ばされてしまうに違いない。
ということは、女の子の言い分が正しいのか?
「ほら、心当たりアリって顔してるじゃない。私の方が早かったのは明らかよね。だったら逆走したのはあんたでしょ!」
ギリギリと俺を睨みつける女の子。
だから、その言い方が気に入らないんだって!
俺は一歩も引けなくなった。
「うるさい、うるさい。俺の方が先だったんだ」
「男なら、素直に負けを認めなさいよっ」
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