彼女とマロンとスクワレル
2015-05-21


最後列だから俺の後ろには生徒はいないし、ロッカーから匂って来る感じはしない。
(ということは……)
 怪しいのは、俺の前に座るこいつか?
(たしか、名前は悟って言ったっけ?)
 俺はクンクンと小さく鼻を鳴らしながら、発生源の特定を試みる。
 が、悟からあの匂いはしなかった。
(発生源はコイツじゃない)
 時折やって来るツーンとする匂いは、前からではなく、窓の方から漂っているような気がするのだ。
 肝心の窓は――きちんと閉まっている。
 まあ、窓の外からこんな匂いが入って来るくらいなら、すでに多くのクラスメートが反応してるだろう。
(まさか……)
 俺は首をさらに左に向ける。
 窓寄りの隣りの席には一人の女生徒が座っていた。
 小柄でショートボブ、鼻は低めの大人しそうな女の子。
(いやいや、それはありえない)
 女生徒にセイシは作れない。
 でも匂いは確実に、この女生徒から漂って来るのだ。
 わけがわからずハテナマークで頭の中を一杯にしているうちに、一時間目終了のチャイムが鳴った。


「なんかオレ、匂うか?」
 休み時間になると、前の席の悟が怪訝そうな顔で俺を振り向いた。授業中にクンクンしていたのがバレたのだろう。
「い、いや、君じゃないと思うんだけど、嗅いではいけないような匂いが……」
 さすがに教室で「セイシ」とは言えなかった。
 その代わりに、俺は鼻をクンクンさせながらチラリと左隣りの席を見る。
 すると悟はニヤリと口元を小さく歪ませる。どうやら匂いについて何か心当たりがあるようだ。
「そうか、もう気付かれてしまったか」
 そして悟は、大げさに右手で顔を覆う。
「あの匂いはな、クラス最大の恥部なんだ」
 おいおい、クラス最大の恥部ってなんだよ!?
 声に出しそうな俺の様子を察知して、悟は小声で顔を近づけてきた。
「いいか、これから話すことは誰にも言うなよ」
 言うなよって、転入したばかりの俺には言う相手なんていないけど。でも面白かったら、ネットでつぶやいちゃうかも。
「ああ、わかった」
 一応俺は相槌を打つ。
「まあ、クラスの誰もが知ってることだから、いつかはカンカンにも分かることなんだけど、学校全体にはまだ知られてないからな」
 それって一体どんな秘密だよ?
 俺はゴクリと唾を飲み込んだ。

「お前の左隣りに座ってる生徒、一見すると女なんだが、実は男なんだ」

 ええっ!? というかやっぱり?
 授業の最後に確認したショートボブの生徒。確かに匂いはこの生徒から漂って来た。さっき見た時は女の子にしか見えなかったけど、じっくり見たら男なのかもしれない。
 つい左を見ようとする俺を、悟が制止する。
「おい待て、あいつの方を見るな。噂してるのがバレちまう」
 悟に諭され、しょうがなく俺は前を向いて小声で質問した。
「それって、オカマ……なのか?」
「見た目はな。でも実態は違うんだ」
 それってどういうこと?
 実態は違う、という状況がよく分からない。
「いいか、オカマってのは女の恰好に憧れる男のことだろ? だけどあいつは違う。男らしくあるために女の恰好をしてるんだ」
 いやいや、全くわけが分からない。
 男らしくありたいなら、男らしい恰好をすればいいじゃないか。
 困惑する俺の顔を見て、悟は一息置いた。
「ゴメン、言い方が悪かった。単刀直入に言えば、あいつは男らしく自家発電するために、あんな恰好をしているということだ」
 男らしく自家発電!?
 なんだか首を突っ込んではいけない危ない世界連れて行かれそうだが、すごく気になる。
「ぶっちゃけ、カンカンもするだろ? 自家発電。男なんだからさ。もちろんオレもしてる」
 転入早々すごい話をしてるなと思いながら、俺は静かに頷いた。
 まあ、昨晩はしてないけど。

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