彼女とマロンとスクワレル
2015-05-21


「そしてカンカンは匂いを嗅いでしまった。自家発電で生産されるあの液体の匂いを」
 今度は俺は、うんうんと相槌を打った。たしかにあれはセイシの匂いだ。
「それで発生源はどこかと探し、まずは俺を疑った」
「ゴメン」
 俺は小さく謝る。
「まあ、いいって。カンカンの周囲にいる男はオレだけなんだから、それは当然の反応だ。しかし現実は違っていた。なぜなら匂いの源はあいつなんだから」
 悟はチラリと俺の左隣りの生徒を見た。
 本当にあの生徒は男なのか? 男だったら発生源の可能性があることは理解できるが、にわかには信じられない。どう見たって女だぞ。
「あいつは、教室で自家発電するためにスカートを穿いて来てるんだ。だってズボンだったら無理だろ?」
 ええっ、教室で!?
 そんな話、聞いたことがない。
 そりゃ、ズボンだったら不可能っぽいけど、スカートだから教室でやって良いというわけでもないだろう。そもそも、わざわざ教室で自家発電を行う意味が分からない。
「教室でやるってどういうことなんだ? 家で済ましてくればいいだけじゃん?」
 すると悟はニヤリと口元を結ぶ。
「オレも最初はそう思った。しかしあいつはこう言ったんだ、それは素人の考えだと」
 素人の考え?
 それってどういうことだよ? 自家発電の達人がいるとでも言いたいのか?
「たしかに教室でやることにはリスクが大きすぎる。しかし、それを補って余るだけのメリットがあるんだそうだ」
 教室で自家発電することのメリット?
 まあ、好きな女の子が視界の中にいれば、すごく興奮しちゃうかもしれないけど。
 いやいや、それでもリスクが大きすぎるだろ?
 見つかれば、その女の子に嫌われることは間違いないし、社会的に抹殺されることは明らかだ。
「メリットなんて思いつかないんだけど」
「それがあるんだよ。ほら、カンカンも男ならわかるだろ? 自家発電によって、勉強に最適な状況を作り出せることを」
 勉強に最適な状況って、そんなことできるのか?
 ……ま、まさか、あれか。
 でもあれの持続時間は数分と限られているし……。
 思い当たるけどありえないという俺の表情を見て、悟は言葉を繋げた。

「そうだ、賢者タイムの存在だ」

 賢者タイム。
 自家発電の後にやってくる、すべての煩悩を忘れることができる清らかな時間のことだ。
 煩悩フリーの状態なら、勉強した内容がストレートに脳内に蓄積されることは間違いない。
「あいつはな、一度自家発電を行うと、賢者タイムが三十分も続くらしい」
 ええっ、賢者タイムが三十分も!?
 それは凄すぎる。
「さらに凄いのは分泌物だ。普通なら、性欲抑制物質と一緒に眠気物質が分泌されるところだが、あいつはアドレナリンが分泌されるというんだ」
 アドレナリンが!?
 ということは、バリバリ勉強できるってことじゃないか。
「信じられない。そんなことってあり得るのか?」
「あいつは自家発電の達人なんだ。きっと鍛錬によって、その特殊な能力を身に付けたに違いない。苦手な科目の時に自家発電を行い、ハイパー状態で学力アップしてるんだよ」
 一時間目は数学だった。ということは、苦手な科目は数学ってことか。
 確かにあの生徒、一時間目は集中して授業を受けていた。数学なんて、俺だったらすぐに眠くなるところなのに。
「ちょと確認させてくれ」
 俺は頭の中を整理するため、自分に言い聞かせるように悟に話し掛ける。
「数学が苦手なその生徒は、一時間目の授業に集中するために自家発電でハイパー状態となった。それで、その時に生産されたあの匂いが俺のところに漂ってきた――ということなのか?」
「その通りだ。オレの推測が正しければな」
 悟の瞳がキラリと光る。俺を真理へと導く光芒のごとく。
 匂いの謎が解けた。
 が、その真相に俺は驚愕する。賢者タイムにこんな使い方があるとは思わなかった。

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