そつ・わざ
2015-10-15


茜所長はソファーに座り直し、改まって私を見る。
「ウチでは少し特殊な方法を用いています。そして、この方法についてご了承いただけるお客さんのみ、お相手をご紹介しているのです。この点は事前にご了承いただきたいのですが、よろしいですか?」
 いよいよ核心に迫ってきたぞ。
 私は小さく頷くと、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「実はですね、紹介したお二人のその後の生活について、小説に書かせていただいているんです」
 小説?
 不思議に思いながらも、私は茜所長の話に耳を傾ける。
「もちろん実名や住所、職業等は明かしません。偽名を用いて、無料の小説の投稿サイトにお二人の間の出来事についてヒューマンドラマとして書かせていただいております」
 無料の小説の投稿サイトに?
 それでどうやって二人のバランスが保てるのだろう?
「そんなことをして効果があるのですか?」
「小説と言って皆さんバカにしますが、これが絶大な効果があるんです。無料サイトですと気楽にコメントを寄せてくれる方が沢山おりまして、『〇〇の方が威張ってる』とか『△△はもっと主張すべきだ』というコメントが寄せられて、二人の良いアドバイスになるんです」
 へえ〜。確かに読者からの忌憚のない意見なら、核心を突くこともあるかもしれない。
「それに、自分達の行動を読んで、お二人が冷静になるという効果もあります」
 きっとこの効果も大きいだろう。
「そして、これはウチの最大の特徴なのですが、もし紹介したお二人が上手くいかなかった場合、紹介料をお返ししてるんです。だってその時は、小説を有料化すれば元が取れますから。そうならないようにって、頑張っていらっしゃるお客さんもいるんですよ」
 これはある意味すごいシステムかもしれない。
 二人の関係がめちゃめちゃになればなるほど、売上は大きくなるのだろう。
「ご紹介後のお二人の様子を小説に書かせていただけることが前提になっていますので、紹介料はお手頃な値段になっています」
 具体的に訊いてみると、他の結婚紹介所とあまり変わらない。
 それでアフターケアが充実するのなら、頼んでみてもいいかもしれない。別に私は小説に書かれても構わないし。
 それよりも、『人』と『人』とのバランスを重視するというポリシーが気に入った。
「じゃあ、早速入会したいと思います」
「ありがとうございます。ちなみにお聞きしますが、どんな御方がお好みでしょうか?」
 私は思い切って、自分に関する特殊事情を打ち明ける。
「あのう……、実は私、男の人が苦手で、女の人を紹介してほしいんです。それって……、大丈夫ですか?」
 すると茜所長は自信満々に言った。
「ええ、問題ありませんよ。私、百合描写は得意ですから……」



共幻文庫 短編小説コンテスト 第5回「卒業」投稿作品

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