夏のレールを君と探して
2016-06-28


あれは去年の夏休みのことだった。
 一人で遊びに行った祖母の町で、駅舎跡と思われる廃屋を見つけたのは。
 町の片隅にたたずむ、黒ずんだ木製の壁が年代を感じさせる建物。
 ガラス窓の付いた入口の木戸はピタリと閉ざされ、立ち入り禁止の紙が貼ってある。入口ポーチの庇の下には、駅名と思われるプレートが掲げられていた。
「悲遠町駅……?」
 かすれてしまって読みにくかったが、なんとかそう判読できる。
 早速スマホに『悲遠町駅』と入力してみると、沢山の画像がヒットした。その中には、目の前に建つ駅舎の写真もあった。
「やっぱりここって、駅だったんだ……」
 画像の中には、線路跡の写真もあった。レールや枕木が取り去られて、砂利だけの道となった線路跡の写真。
 視線を駅舎に向け、その奥にあると思われる線路跡を探してみたが、残念ながら写真のような光景は広がっていなかった。
 なぜなら、そこは一面、雑草に覆われていたから。それも十センチや二十センチといった可愛いものではない。背丈が一メートルに達しようかというゴツい雑草がびっしりと砂利の上を占拠している。
「レールが残っているなら、雑草を刈ってでも見てみたいって気になるんだけどな……」
 僕はスマホの画像をスクロールする。
 そこに表示される線路跡の写真は、どれもこれも砂利だけの線路跡だった。
 しかし、その中の一つの写真に僕は釘付けになる。

 御影石と思われる美しい石畳の踏切跡。
 そして、その中に残された金属製のレール。

「おおっ!」
 僕はスクロールの手を止め、思わずその画像をタップした。
 リンク先は、悲遠町駅周辺の探索を記したブログだった。『駅から南に少し行った場所で踏切跡を見つけた!』と書かれている。
 僕の心はとたんに色めき始めた。
「ていうか、『少し』ってどれくらいの距離なんだよ!?」
 写真の踏切跡を見てみたい。
 少しというのが、十メートルとか二十メートルくらいの近さであるならば。
「何か、雑草を抜くためのものはないだろうか?」
 軍手とか、そんなものがあればいい。
 草刈鎌があれば最高だが、そこまでは望めないだろう。
 そんな気持ちで駅舎の木戸の窓から中を伺っていると――

「探し物ですか?」

 突然、背後からかけられた透き通る声に、僕は飛び上がりそうになった。


 ############


「ここ、立入禁止って書いてあるでしょ。でも戸は開くんですよ」
 振り返ると、立っていたのは白いワンピースと麦わら帽子の女の子だった。
 僕の前をすり抜け、駅舎の木戸に手をかける。
「よいしょっ! うんしょ!」
 細くて白い指に力を込め、綱引きのように腰を落として一生懸命、戸を開けようとする少女。
 ガタっと音がして、わずかに戸が開く。が、それ以上はびくともしなくなった。
「うーん! うーん!」
 顔を真っ赤にする彼女を見かねた僕は、戸の隙間に指をかけて、少女と同じ綱引きのポーズで加勢する。
 すると、ギギギギギギギとすごい音をたてて戸が開き始めた。
「ほら、開いたでしょ?」
 いやいや、この状態を「開く」とは言わないから――そんな僕のツッコミを、少女の満面の笑みがやんわりと包み込んだ。

 薄暗い駅舎の中に入ると、中は冷んやりとして涼しい。
 かなりの間、使われていなかった年代物の建物のようだ。
「それで探し物は何ですか?」
 少女は麦わら帽子を手に取り、臆することなく僕の瞳を見つめている。不覚にも僕はドギマギしてしまった。
 身長は一五◯センチくらい。年齢も中学生か高校生のようだ。
「え、えっと、軍手かなにかがあればいいなって……」
「ありますよ、軍手」
「えっ?」
「だからありますって、軍手」

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