2018-05-16
「えっ!?」
いつものように登校した俺、雪原冬馬(ゆきはら とうま)は、自分の目を疑った。
「これって……?」
朝の高校。昇降口でうわばきに履き替え、階段を登って三階の廊下に到着したところまではよかった。が、廊下の様子がなんだか変なのだ。
どこが変なのかと言うと……どこだろう?
とにかく変だ。落ち着け冬馬、ゆっくりと考えるんだ。
目の前には、リノリウムの敷き詰められた廊下が一直線に伸びている。
左側に窓が、右側には教室が面していて……って、右側ぁ!?
ようやく俺は、違和感の元凶にたどり着いた。そうだよ、先週までは教室は廊下の左側に面していたじゃないか。
廊下の窓から隣りの校舎と中庭が見える。が、これはいつも教室の窓から見えていた景色だ。
一方、教室の中を覗いてみると、窓の向こう側には山々が。これは今まで廊下から見えていた景色だった。
これって、まさか……。
「右と左が入れ替わってる!?」
あの時、星に託した願いは、こんな内容じゃなかったのに!?
どうして左右が逆転してるんだよ!?
俺は、週末から今朝にかけての出来事を思い出していた。
☆
ゴールデンウィークを翌週に控えた二〇一八年四月二十二日。
時は早朝、午前四時半。
俺は父親と一緒に、角山高原スキー場のゴンドラ山頂駅に降り立った。
これから山頂駅のレストランで日の出を見ながら朝食を食べて、誰も滑っていないゲレンデを滑走するのだ。
麓のホテルの宿泊客に向けて、一日限定五組というふれこみでそういうサービスが用意されていた。
正直言って、日の出も朝食も俺にはどうでも良い。
――バージンゲレンデの一番滑走。
これが目当てで、俺は父親にスキー旅行をおねだりしたのだ。
早朝のコンディションの良いゲレンデを滑ることは、春スキーにとって重要だ。命と言ってもいい。午後になるとグチャグチャになる雪は、今はカリカリに凍っている。
「美しい……」
スキーだけが目当てだった俺だが、降り立った山頂駅からの景色に思わず心を奪われる。
日の出を前に、今、目覚めようとしている白銀の世界。眼下に見える谷間はまだ、集落の灯りで照らされている。見上げると、紫色の空には夜明けに対抗しようと星々が最後の光を放っていた。
「あれって、夏の大三角じゃないか」
隣に立つ父親が宙を指差す。
――デネブ、アルタイル、ベガ。夏の大三角。
それなら俺も知っている。どうやって覚えたかは内緒だけど。
「そうか、冬馬。今はまだ春だけど、明け方になると夏の星座が出て来るんだな……」
隣で星を見上げながら、父親は白い息をはいていた。
夜明けはめまぐるしく空の色を塗り替えていく。遥か遠くの山並みがオレンジ色に染まり始めると、はっきり見えていた星々も一つ一つ消えていき、今は大きな三角形が見えるだけだ。
「冬馬。寒いから、先にレストランに入ってるぞ」
「わかった、親父。俺もすぐ行く」
そういえば、ベガとアルタイルって織姫と彦星じゃないか。七夕伝説では夏に一度しか会えないって話になっているけど、こうやって人の知らないところでこっそり会っているんじゃないのか? 今なら夜明けの光で天の川が消えちゃってるんだから。
そう思った瞬間、ガツンと頭を殴られたような衝撃を受けて俺は雪の上に尻もちをつく。
と同時に、怒りに満ちた声が頭の中を貫いた。
「ソレは、チガうぞ!」
な、なんだ? 衝撃のせいで幻聴まで聞こえるようになってしまったのか?
ていうか、さっきの衝撃はいったい何だったんだよ。
ジンジンする側頭部をさすりながら辺りを見回す。父親はレストランの入り口から中に入ろうとしていて、俺の身に起きた異変には気づいていないようだ。他のお客もすでにレストランに入っていて、外にいるのは俺だけだった。
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