その岬の先端には小さな墓標があった。御影石に刻まれた文字は月日を経ておぼろげに故人の名前を記す。
「それはな、ある先生の墓じゃ」
老婆が言うには、潮がぶつかるこの岬はいろいろな魚が獲れる良い漁場だという。天領として幕府に保護されていたが、同時に潮の流れが複雑で遭難事故が絶えなかったらしい。
「先生はな、ここに住居を構え観測に人生を費やし、複雑な流れを解き明かして多くの漁師を救ったのじゃ」
晩年は、潮の香りだけで岬周辺の魚群の種類をピタリと当てたという。
「まるで、魚を我が家に招いているようじゃったと聞いておる」
魚先生。そう呼ばれた彼が眠るこの岬。今日もいい風が吹いている。
(追記6/29:
haruさんに朗読していただきました)
500文字の心臓 第162回「魚と眠る」投稿作品
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