2010-05-15
きゃはははは!
街の中心を流れる想井川。そこに架かる願石橋を渡っていた直人の耳に、子供達の笑い声が飛び込んできた。
「お姉ちゃん、早く早くぅ〜!」
「今度はもっとスピード出してよ〜」
「待ってなさい、今行くわよ!」
その声に振り返ると、子供達に混ざって一人の女子高生が遊んでいる。一緒に土手滑りをしているようだ。
「あれ? あの子、うちの制服だ……」
直人はその集団に近づく。白いブラウス、そしてチェック柄のリボンとスカート。やっぱり同じ高校の生徒のようだ。
「誰だろう……?」
女子高生は、平べったくて丸いものに柄がついたソリのようなものを持ち、土手の上にすくっと立った。そしてそれをお尻に敷き、勢いよく土手を滑り下りる。短いスカートがひらひらとめくれて下着が見えそうだ。
「すごい、すごい!」
「さすがお姉ちゃん、はやーい!」
子供達がやんやと囃し立てる。
「鋼鉄製だからね。早いわよ〜」
とソリを自慢する女子高生。
えっ、鋼鉄製――!?
よく見ると、女子高生がお尻に敷いていたのはソリではなく、フライパンだった。
「も、もしや、あれはフライパン桜子……?」
直人はしばし言葉を失った。
言葉を失うのには理由があった。
桜子が笑うところを、クラスの誰一人も見たことがなかったからだ。
彼女は転入生だった。
しかもアンドロイド。
県の先端工学研究所から、特別な試験のために派遣されて来た。
「彼女は人間生活について勉強中なの。だから仲良くしてあげて下さいね」
担任はそう言ったが、誰も仲良くする生徒はいなかった。
反応がすべて機械的だったからだ。
機械的と言っても動作がぎこちないわけではない。動きや見た目は他の生徒と変わらなかった。ただ、表情や話し方に人間らしさがない。
つまり愛想が全く無かったのである。
愛想が無いだけならまだ許せる。
人間社会に飛び込んだ可哀想なアンドロイドと、親切にする生徒も出てきただろう。
実際、彼女の顔の造りは美しかった。
美人で物静かなアンドロイド。それだけでも男子生徒が群がって来そうなものだ。
彼女から生徒を遠ざけていたのは、別に理由があった。
絶えず彼女が手にしているもの――鋼鉄製のフライパンだ。
それを軽々とうちわのように扇いでいる。
なんでも授業を妨害しないようにと、静粛性を保ちながらCPUを冷やすのに最善の方法なのだという。
アンドロイドである彼女にとっては必要不可欠な行為。しかし、生徒達には違う目で見られることになった。
――馬鹿力で無愛想な出来損ないロボット
いつしか彼女は、『フライパン桜子』と呼ばれるようになった。
「あんな表情もできるんだ……」
子供達と土手滑りをしてはしゃぐ桜子――それは、学校では決して見ることのできない彼女の姿だった。
肩の上でそろえたストレートの黒髪が、坂を滑る度にサラサラと風になびく。
元々、顔の造りは美しいのだ。そこに活き活きとした表情が宿れば、こんなにも可愛く見えることを直人は知った。
いつしか直人は、願石橋の欄干に体を預けて土手滑りを眺めていた。
石造りの欄干は、肘を置くとひんやりとして気持がちいい。願石橋はその名の通り、総石造りの橋で県の史跡に指定されていた。
「ほらお姉ちゃん、あそこ見て! 綺麗だよ」
「あら、本当……」
指をさす子供達の声に誘われて、直人も山の方を見る。ちょうど夕陽が沈むところだった。
子供はもう帰る時間。
それに、会社帰りのサラリーマンも増えて来た。
子供達に混ざって遊んでいる桜子は、大人達の奇異な視線を向けられている。
それもそのはず、よく考えたら異様な光景だ。女子高生が制服のまま土手滑りに興じている。どう見ても常識では考えられない。
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