それは確か、五年前の土砂崩れの際に流された温泉宿の名前だ。宿の主人をはじめとして宿泊客や従業員も犠牲になったとニュースで見たことがある。そのうちの何人かはまだ見つかっていないという話だった。
「宿の主人のおじいさん、今も犠牲者を少なくしようと頑張ってるんだな……」
誰も泊めていなかったのは、そういうことだったのだ。
秋のあの日の空室。その理由に俺は深く胸を打たれる。
――ありがとう、おじいさん。
心の中でおじいさんの冥福を祈ると、俺は自分の車を目指して歩き始めた。
共幻文庫 短編小説コンテスト 第7回「秋の空」投稿作品
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