2016-01-18
「ダメだよ、くるり!」
くるりがアクセルを抱きかかえようと近寄った瞬間、野良犬がアクセルに襲いかかりました。
「キャン、キャン……」
公園に響く甲高いアクセルの鳴き声。野良犬は、アクセルの左後ろ脚に噛み付いたのです。アクセルを抱きかかえようとしていたくるりは、野良犬の迫力に圧倒され、その勢いで芝生の上に尻もちをついてしまいました。
「グルルルル……」
野良犬は、今度はくるりの方を向いて威嚇を始めます。恐ろしさでくるりは腰が抜けたようになってしまって動けません。
「くるり、今行くから!」
僕が駆け出そうとしたその時でした。アクセルが野良犬の前に立ち塞がったのは。
噛まれた左脚をかばうようにしながら、必死で両脚で立っています。そしてディスクをキャッチする時のように、右脚でジャンプしながら左前足で野良犬にジャブを繰り出しました。
「ああっ!」
野良犬はアクセルの攻撃をすんでのところでかわします。
しかしここからが圧巻でした。
アクセルは空中で左回りに回転を変えると、今度は右前足を繰り出したのです。
「キャンッ!?」
今度は野良犬が悲鳴を上げる番でした。
アクセルの右前足は野良犬の鼻先を見事に引っ掻いたのです。最初の空振りが野良犬を油断させたのでしょう。鼻先を削られた野良犬は、一目散にその場から逃げて行きました。
「アクセルッ!!」
ドサリと地面に落ちたアクセルに向かって、腰の抜けたくるりが地面を這いながら近寄ります。
「大丈夫!? アクセル! アクセルッ!」
「くーん……」
くるりの手がアクセルに届いた瞬間の、振り絞ったようなアクセルの安堵の声が今でも僕には忘れられません。
それは僕が聞いたアクセルの最期の声となりました。
左脚に重症を負ったアクセルは、翌朝くるりに見守られながら息を引き取ったのでした。
◇
「ええい、何で上手く跳べないんだろう……」
それから一年が経ち、僕たちは中学一年生になりました。
くるりは相変わらず緑野公園でダンスの練習をしています。
「去年はもっと綺麗に回れたのに……」
――右回りにジャンプして、空中で左回りに回転する。
アクセルが僕たちに遺してくれたジャンプを、くるりは毎日のように練習しています。
くるりはこの一年で身長が十センチも伸びました。成長と共に変わりつつあるジャンプの感覚の違いに戸惑っているのでしょう。僕にとっては、三回転までは完璧に跳べているように見えるのですが。
「もう、止めようよ。暗くなってきたし……」
「亮太は先に帰ったら? 私はまだ続けるから」
――世界一のダンサーになって、アクセルが生きた証を残したい。
それが、くるりの口癖でした。
いずれは四回転。そして、さらにその先の世界へ。
くるりの野望は果てしなく広がっています。
「オー、ワンダフル!!」
その時でした。怪しげな声が公園に響いたのは。
振り向くと、車道からぽっちゃりとした外国のおじさんがこちらを見ています。
「ユア、ジャンプ、オモシロイ」
片言の日本語を混ぜながら、こちらに近づいてきました。なんだか危ない感じがします。
「クロックワイズ、アンド、アンチクロックワイズ。ユーアー、パーフェクト!」
黒くワイ? 何を言っているのかさっぱり分かりません。怪しさ倍増です。
「アナタ、セカイイチ、ナレマス!」
「ホント!?」
思わずくるりが反応しました。何でこんな時だけ日本語なのでしょう?
しかしそれが運命の出会いとなったのです。
「ワタシ、オライアン・ブーサー、イイマス。ジャンプ、コーチ、シテマス」
ジャンプのコーチって、そんな職業が世の中にあるのでしょうか?
「私、本当に世界一になれるんですか!? ジャンプの指導をしてくれるんですかっ!?」
嗚呼、すでにくるりは『世界一』という単語しか頭の中に入っていません。
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