くるりのアクセル
2016-01-18


月丘くるり(つきおか くるり)は愛犬アクセルと大の仲良しでした。
「アクセル、いくよっ!」
 くるりの手から赤いポリウレタン製のディスクが放たれます。
「ワン、ワンッ!」
 夕暮れの緑野公園を舞う赤い円盤。それを追って疾走する茶色のトイプードルは、ディスクの下に追いつくと勢いよくジャンプしました。
「それっ、右! そして左っ!!」
 アクセルには不思議な癖がありました。右回りにジャンプしたかと思うと、ブルブルっと左回りに体を回転させながらディスクを咥えるのです。
「あはははは、アクセルは本当に器用だよね」
 ディスクを咥えてくるりの元へ届けるアクセル。そんな愛犬を、くるりはわしゃわしゃと豪快に撫でまわします。アクセルも嬉しそうに、くるりの柔らかなほっぺをペロペロと舐めるのでした。
「ちょ、ちょっと。くすぐったいよ、アクセル」
 芝生に片膝をついたくるりと、両足で立ち上がって嬉しそうに尻尾を振るアクセルが向き合う姿は、見ているこちらの心も温かくしてくれるのでした。
「ほら、亮太もやってみなよ」
 くるりは僕の方を向くと、ディスクを差し出します。いきなりの提案に僕は慌ててしまいました。
「む、無理だよ。僕、運動苦手だし、それにもう薄暗いよ……」
 そうです。僕はこの公園で二人の様子を見ているのが好きなのです。
「簡単だよ、亮太。こうやって投げるだけなんだから」
 そう言ってくるりは立ち上がり、ディスクをまた夕暮れの空に放ちます。
 勢いよくダッシュするアクセルは、今回もまた右回りにジャンプして、左回りでディスクを咥えるのでした。
「本当にアクセルって面白いよね。最近ね、私もあのジャンプを練習してるの」
 くるりが大きく息を吸ったかと思うと、左足を大きく振りかぶり前に蹴り上げます。その勢いを利用して、右足のバネで高くジャンプ! 右回り気味に最高地点に達したくるりは、今度はすごい勢いで左回りに回転し始めました。傘のように広がるスカートが綺麗です。二回転は回ったでしょうか。彼女は膝を折り曲げながら見事に着地しました。
「す、すごいよ、くるり」
「でしょ!?」
 ドヤ顔で彼女は僕を見上げます。二重の大きな瞳が僕をとらえて一瞬ドキリとしました。
 それにしても空中で回転方向を変えるなんて、まるでディスクをキャッチする時のアクセルのようです。僕と違って、くるりは本当に運動神経抜群なのでした。
 アクセルもディスクを咥えたまま、嬉しそうにくるりに近寄って来ました。
「最近はね、三回転も練習してるの。将来の夢は世界一のダンサーだしね」
 くるりが必死に頑張っているのは僕も知っていました。
 何回も転びながら、最初は一回転だったジャンプが二回転、三回転に進歩する様は、見ている方も嬉しくなりました。それよりもなによりも、高く跳んだ空中で逆回転を始めるその姿が美しかったのです。
 それにしても小学生のうちから将来のことを考えているなんて、僕とは大違いな幼馴染なのでした。

 その時でした。

「グルルルル……」
 アクセルが咥えていたディスクを離し、低く唸り始めます。
「えっ!?」
「っ……!?」
 僕たちは言葉を失います。いつの間にか近寄って来た白い大きな犬がこちらを睨みつけていたのです。首輪はしていません。どうやら野良犬のようです。
「くるり、逃げよう!」
 危険を直感した僕は、くるりの手を握ると家に向かって走り出そうとしました。
「ダメッ! アクセルを置いて行けないっ!」
 振り向くと、アクセルは野良犬に向かってグルルルと唸り続けています。
 くるりは僕の手を振りほどき、アクセルに向かって叫びます。
「アクセル、駄目よ。こっちにいらっしゃい!」
 両手を広げるくるりの必死の叫びも、アクセルには届いていません。
 そうこうしているうちに、野良犬は次第にアクセルとの距離を縮めていました。
「こうなったら……」

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