2020-05-17
「おおっ!」
サッカースタジアムが響めきに包まれる。
「ナイス、カット!!」
「いいぞ、華羽!」
「よし、行けー!」
ホームチームのキャプテン華羽穂樽(かわ ほたる)が、相手チームのパスをカットしたのだ。
刹那。
チームの雰囲気が一変する。
華羽選手がボールを持った瞬間、選手たちの攻撃のスイッチが入った。
前を向くボランチの華羽選手。
両サイドバックはスプリントを開始した。
センターバックはラインを押し上げ、フォワードは裏のスペースを狙って相手ディフェンダーと駆け引きを開始する。
その切り替えの速さ、いや鋭さに背筋がゾワっとする。
統率されたチームの動き。小学四年生の私でも感じる反撃の予感に、ドキドキと胸の鼓動は高まっていく。
「ゆりこ!」
華羽選手に名前を呼ばれた右サイドバックは走るスピードを上げた。観客席の前から三番目に座る私の目の前を、その背番号2が駆け上がっていく。試合終盤とは思えないスタミナだ。
通り過ぎる荒い息遣い。揺れるショートヘアと飛び散る汗。テレビでは決して味わえない臨場感。
「おおっ!」
「そこか!?」
再びスタジアムが湧く。
華羽選手から、ディフェンスラインを切り裂くグラウンダーのスルーパスが、右サイド目掛けて放たれたのだ。
「お願い、追いついて!!」
思わず手を組んで、私は小さくなる背番号2を見守っていた。
後半もすでに三十分が過ぎている。私だって少年少女サッカークラブに所属しているから分かる。今は地獄の時間帯だ。スタミナは切れかけで息をするだけでも胸が熱く苦しい。筋肉ももう限界に近いだろう。無理をすれば足をつってしまう。
そんな極限状態だというのに、華羽選手からのパスは容赦ない。前半と同じ鋭さを持ってディフェンダーの隙間を切り裂いた。
このパスに追いつけば、ラインの裏を取れる絶好のチャンス。
が、もし追いつけなければ……ごっそりと削られるだろう。背番号2のスタミナは。
そんな私の心配をよそに、背番号2は走るスピードをさらに加速させ、華羽選手からのスルーパスに追いついた。
「すごい!!」
しかしそこからが圧巻だった。
背番号2は右足でボールを保持しながら中に切り込み、味方フォワードの上がりを待つ。立ちはだかるセンターバック、背後からは左サイドバックが迫り来る。
すると背番号2はボールをまたいでフェイント入れると、左足でゴールライン側にボールを動かし、右足を大きく振った。
「ダメ! そのタイミングじゃ!」
そこはまだ相手の守備範囲内。
センターバックが足を投げ出してブロックする。敵も必死だ。
嗚呼、センタリング失敗――と思いきや
「えっ? センタリング……じゃないの!?」
背番号2が躍動した。
相手ディフェンダーを嘲笑うかのごとく、大きく振った右足で地面を蹴ってボールを止めると、左足で再びボールを動かした。見事なフェイントだ。体勢を崩したセンターバックは対応できず、悔しそうにボールの行方を見守るしかない。
「すごい、後半三十分過ぎで、こんな足技が出せるなんて……」
さあ、後はセンタリングを上げるだけ。
顔を上げた背番号2は味方フォワードを確認する。そして右足を振り抜いた。
低い弾道でゴール前に向かって飛んでいくボール。
しかし――その軌道は味方フォワードへではなく、かなり手前へ戻ってしまう。
「ええっ、キックミス? せっかくここまで攻めたのに……」
そんな私の心配は無用だった。
背番号2は狙ってこのコースにボールを上げたのだ。敵味方が密集するゴール前ではなく、ペナルティエリア手前がガラ空きとなることを見越して。
そこには必ず華羽選手が走り込んでくれる。
そう信じていなければ、上げることができないコース。
「サンキュ、ゆりこ!」
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