2021-08-25
第一話 夏にあらわる少女
私の名前は大津菜摘(おおつ なつみ)。
向葉高校という県立女子高に通う二年生。
兄弟は一人、大学一年生の兄貴がいる。
アコースティックギターをじゃんじゃか鳴らしてオリジナル曲を歌うのが趣味で、高校生の頃はそんな姿を動画にしてネットにアップしてたり。
そんな兄貴もこの春に大学生になり、親に買ってもらったパソコンにすっかり夢中になってギターを弾かなくなってしまった。今までうるさいほど兄貴の部屋から歌が聞こえてきてたというのに。
と思ったら、なんだか変な歌声が壁越しに聞こえてくる。
『夏になれば、君がひょっこり顔を出す〓』
私にはおなじみのフレーズ、兄貴の代表曲(自称)『夏にあらわる少女』のサビの部分だ。
が、声が全然違う。兄貴の声よりはるかにイケボって感じ?
それにちょっと機械的な感じもするし……。
てことは、まさか、これって……ボーカロイド!?
私は慌ててスマホで兄貴の動画チャンネルを覗いてみる。
――ヤマモはボカロPになりました!
マジか!?
どこかで頭でも打ったのか?
ちなみに『ヤマモ』というのは兄貴のハンドルネーム。本名の大津山想(おおつ やまも)から来ている、ってそのまま名前をカタカナにしただけなんだけどね。
もう一つ解説しておくと、『ボカロP』というのは音声合成技術を用いたアプリケーション(ボーカロイド)を使って曲をプロデュース(P)する人たちのことだ。
それにしてもボカロPになったというのは本当で本気みたい。
その証拠に、今まで三十曲くらい投稿されていたオリジナル曲の弾き語り動画が、きれいさっぱり削除されていた。
――これから週一でアップしていくよ!
いやいや、そんなに頑張んなくてもいいって。
現在、視聴できるのは『夏にあらわる少女』の一曲のみ。
今後は、今までのオリジナル曲をすべてボカロバージョンにして、毎週のようにアップしていくということなんだろう。そりゃまたご苦労なことで。
試しに私は『夏にあらわる少女』を再生してみる。
ボカロPなんて一朝一夕になれるはずがない。どんなにダサい編曲になったのか笑ってやろう、と思いながら広告をスキップさせ耳を澄ませていると――
「ええっ!?」
流れてきたイントロに私は驚いた。
今までのは昭和のバラードを彷彿とさせていたのに!
アコースティックギターのみだったイントロは、ドラムが小粋にテンポを刻みキーボードがキャッチーなメロディを繰り返すアップテンポに変わっていたのだ。
「こ、これって、本当に『夏にあらわる少女』!?」
あまりの変化に思わず動揺しちゃったよ。
イントロが終わるとボーカロイドが歌詞を奏で始める。男性を基調とした声だ。
それにしても意外とこの曲調に合っている。歌い方も想像していたより自然で、素人が調教したとは思えない。
「夏になれば、君がひょっこり顔を出す〓」
気がつくと私は、サビの部分を一緒に歌っていた。
「やるじゃん、兄貴!」
これって意外と人気が出るかもよ?
来週から順にアップされる曲も楽しみになってくる。
それならば再生回数もこまめにチェックしておかなくちゃ。だって広告収入に直結する数字だからね。親にチクると脅して、ちょっとだけ分け前をもらっちゃったりして。
そもそも親に買ってもらったパソコンで小遣い稼ぎってズルくない? 金が入るならパソコン代も払ってことだよね。まあ、ボーカロイドはバイト代で買ったのかもしれないけど。
しかしその二ヶ月後、まさか兄貴の曲が自分のクラスで流れることになるとは、この時の私は思ってもみなかった。
第二話 風をおこす少女
私の名前は東野風香(ひがしの ふうか)。
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