2021-08-25
「だから私もちょっと聴いてみたくなっちゃって……」
「へぇ……」
すると風香ちゃんは私の耳元でそっとささやいたんだ。
「実はね、私もこの曲気に入ってるの。だからクラスの反応を見てみたかったんだけど、やっぱり隠れた名曲かもしれないよね?」
そう言われてなんだか嬉しくなっちゃった。自分の感性はやっぱり正しかったんじゃないかって。この曲が気になったのは自分だけではなかった。
私はちょっと照れながら、「かもね」と小さく相槌を打つ。
よし、覚えたぞ。
ヤマモPの『夏にあらわる少女』。
家に着いた私は自室に閉じこもり、早速スマホで『ヤマモP』を検索してみる。
出てきた動画チャンネルには、十曲くらいが投稿されている。それらを順に聴きながら、私は再び衝撃を受けたのだ。
「どの曲もなんかダサいけど、歌いやすくてイイ!」
――だったらやるしかない!
実はね、私、歌ってみた動画を載せてるチャンネルを持ってるんだ。
合唱部で鍛えられてて歌声にはちょっと自信があるから。
だからヤマモPの曲を歌って、私の『ホムラチャンネル』に動画をアップしてみた。
だって、ヤマモPのチャンネルには「イラストやイメージ動画、みんなの歌声も大歓迎!」って書いてあるんだもん。
こうして私は一日一曲ずつ、『ホムラチャンネル』に歌ってみた動画を投稿していく。
ヤマモチャンネルのボーカルオフバージョンを自室で流し、それに合わせて歌っている動画を自分で撮影して。
ちょと恥ずかしいから、顔は分からないようにしているけどね。
そんな行動が、一人のヤマモPのファンの怒りを買ってしまうとは知らずに……
第四話 水をかける少女
私の名前は西川瑞希(にしかわ みずき)。県立向葉高校の二年生。
最近、私を怒らせているものがある。
それは、大好きなヤマモチャンネルに毎日のように投稿されるコメントだ。
コメントの書き込みは、一週間前から始まった。
最初のコメントはこんな内容だった。
『ヤマモPさんの『夏にあらわる少女』を歌ってみました。もしよかったら聴きに来て下さい』
ご丁寧にリンクが貼ってある。
なになに? ホムラチャンネルだって?
そんなの絶対見に行ってやるもんかと思ったよ、最初は。
でも、ヤマモさんが「歌ってもらえて嬉しいです」とか「素敵な歌声ですね」とか丁寧に返信してるんだもん。どうしても気になっちゃう。
挙句の果てにはヤマモさん、『ホムラさんが歌った『夏にあらわる少女』にハモってみた』なんて動画を投稿しちゃった。
これにはさすがに困惑したよ。
二つの矛盾した思いが、私の頭の中でグルグルと回り出したから。
――久しぶりにヤマモさんの歌声が聴ける。でも、ホムラってやつの歌声は聴きたくない。
散々迷った挙句、ついに私はその動画を再生したんだ。だってヤマモさんの歌声が聴きたくてしょうがなかったんだもん。ヤマモさんがボカロPになってから昔の動画はすべて削除されちゃって、彼の歌声が聴けなくなってもう二か月が過ぎようとしている。
『夏になると、君がひょっこり顔を出す〓』
おおおおおお、ヤマモさんが歌ってる。ヤマモさんの歌声だよぉ!
ハモリの部分だけなのは残念だけど。
それにしても鬱陶しいのは、サビの部分を楽しそうに歌うホムラって女の歌声。
彼女の歌を邪魔しないようヤマモさんが遠慮がちにハモっているのも、なんだか釈然としない。元々はヤマモさんの曲でしょ?
「ヤマモさん、優しすぎだよ……」
でもこの時、私はピンと来たんだ。
この女の声って……どこかで聞いたことが……ある。
「ま、まさか!?」
私の脳裏に蘇ってきたのは、あるクラスメートの声だった。
――南田朱莉(みなみだ あかり)。
それは一週間くらい前のことだった。
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